2013年3月 4日 (月)

『八重の桜』は咲くのか

Yaeosakura_2  今年のNHK大河ドラマは,山本むつみ脚本『八重の桜』である。昨年度末には,主役の綾瀬はるかを動員したNHKとして常軌を逸した番組キャンペーンが行われた。最初の頃は,什の掟「ならぬことはならぬものです」など会津の気風の紹介があった。しかし,その後は,山本八重には,鉄砲を教わって名手になる以外の変化はない。京都守護職を仰せつかった会津藩主と藩士が京都で翻弄されるのが話の中心である。

 山本八重関連本を読破した斎藤美奈子氏によれば,八重にはおよそ四つの顔があった。会津戦争の時の活躍,新島襄とともに過ごした時代,日清戦争,日露戦争の時の看護活動,最後は裏千家の茶道家である。ただ,ヒロインとしては弱く,「小ネタの合わせ技」によって何とか形になるようだ。

 今後は,会津戦争があるものの,舞台は京都になってしまい,それまでと全く関係のない展開となるはずである。今でも,視聴者が徐々に減りつつあるようであるが,会津藩の苦難を中心にするのではないとすれば,同志社の創立がよほど興味深くないかぎり,視聴者を引き留めるのは難しいのではないか。


2011年12月13日 (火)

頑張れ政府,東電と思っていた日々

Itudatte_3  3.11について,一方では風化しつつ,他方では続々出される関連する本を読んで記憶を新たにするということを繰り返している。当日の帰宅困難の際のことは,災害の余波に過ぎないが,続く不安な日々,そして電力不足については,多少なりとも原発事故の影響を強く受けた。

 堀井憲一郎『いつだって大変な時代』(講談社,2011. 222p. (講談社現代新書))を出て直ぐの8月に読んだが,震災後について共感するところが少なくとも二つあった。

 堀井氏はこう言っている。

 この災厄をどう捉えるのかはこれは完全に個人の資質の差でしかなく,悲観論者なのか楽観論者なのかという分け方しかなく,それによってすべての行動が規定されていた。
 つまり,頭の良さや知識の量,日ごろの仲間内におけるポジションや元気さ,明るさ,日ごろの行動力,そういうものは,ほとんど関係なかった。
 ただ「尋常ならざる状況になったとき」悲観的になるか,楽観的なのか,そこしか分けるポイントがなかった。

 確かにその通りである。しかし,私のような楽観論者は少なかったように思う。悲観論者がこれほど多いとは思わなかった。

 また,「五十歳を越えているから,ということもあり,こういうとき,私は愚者の道を選ぶ。つまり思考するのを停止したほうがいい,ということだ。何を信じるかというと,政府の発表だけである。また,東京電力の会見をのみ聞いて,その情報だけをもとに行動規範とする,ということである。これがいま私が選んでる愚者の道である」とも言っている。これにも激しく同意する。

 私は,頑張れ菅政権と思っていた。集まりで「政府と東電の発表を信じている」と言うと,白けた雰囲気になるのがよくわかった。では,諸君は,政府と東電以外の何を信じていたのかと言いたかった。いろいろな学者やオピニオンリーダーの誰が正しく,誰が間違っていると考えることが徒労のように思えた。それに,発表する,しないという判断はあるにせよ,全体の状況を把握しているのは政府であり,東電である。

 堀井氏は続ける。

 隠してることがあって,嘘もついてるかもしれないが,公的機関の隠蔽と嘘である。なかなか大掛かりに臆し通せるものではないし,そもそも,いまついた嘘も隠蔽も,あとで明らかにしなければいけない。彼らの嘘は,あとでわかる。それはたとえば五十年後かもしれないが,彼らや私の死後であるかもしれないが,でも,わかる。つまり,のちに晒される覚悟のうえでの嘘や隠蔽でなくてはいけない。

 政府と東電に判断の間違いはあっただろうが,嘘はつけないと思っていた。その他の人々は,無意識に,また,平気で嘘をついていた,あるいは知らないことにコメントしていた。どのようなマスメディアも検証を受けたら耐えられないだろう。風化というのはありがたいことだろう。

 悲観論者と楽観論者の差は,世の中一般に大きな期待をしているか,期待していないかの違いなのかもしれない。


2011年3月25日 (金)

3月11日とメディア

 人に会えば,地震の時のことを尋ねるが,中には,長い物語をよどみなく話す人もいる。

 東京では電車やバスで見知らぬ人から話しかけられることはほとんどないが,エレベータやバスのちょっとしたきっかけで,年配の方が「地震の時どうでした」と話し始める光景を何度かみたし,経験もした。

 東日本に住んでいる人の多くにとっては,2011年3月11日にどこにいたか,どのような目にあったかという記憶はいつまでも残るだろう。

 私の場合,東急田園都市線の電車に乗っていて,長津田駅を出たところで地震に遭った。電車が急に停まり,ゆっくりと,そして次第に大きく車体が揺れた。座っていたためかさほど怖くはなかった。やがて,車内放送で震度5強の地震と報された。

 電車は,しばらくそのままだった。やがて動き出すだろうと思った。車内には,終業式を終えたらしい近くの私立の小学生低学年が大勢乗っていた。迎えの母親も何人かいるためか,大変落ち着いていた。やがて,おそろいの携帯電話を取り出してかけはじめた。

 電車はなかなか動き出さず,20分後くらいに,全員,電車を降りて長津田駅のホームに上がるように指示があった。コンコースにある書店は閉店になっていたが,本が床に散乱していて始めてひどい地震であったことを実感した。コンコースにはテレビが設置されていたが,まだ,混乱していて,どうなっているのかよくわからなかった。

 ずっとテレビを観ていたかったが,長津田駅を管理するJRと東急の職員が大勢出てきて,余震があって危ないので,駅の構内から出るように指示された。安全を守るというより,何か起きたときに責任を持ちたくないという感じを強く受けた。

 私は携帯電話を持っていない。ウェブが使えるキンドルを持ってはいるが,この時は所持していなかった。それどころか,持っていたデジタル時計はいつものように時刻表示が狂っていた。

 しかし,携帯電話を持っている人達はどこへも通じずに困っていた。公衆電話の前には列ができていたが,固定電話もかけてもつながらないようだった。

 自力で青山の自宅に戻るには,バスに乗る,タクシーに乗る,レンタカーを借りる,田園都市線が動き出すのを待つ,歩くといった選択肢があった。JR長津田駅の前には中山駅行バスが停まっているが,近くの信号機が故障しており,何時動くかわからないという。中山駅に行っても仕方がない。タクシー乗り場には,30人以上が並んでいるが,タクシーは全く来ない。それに,JR東日本は,横浜線の終日運休を早々と決めたという。

 そこで,田園都市線にほぼ沿って渋谷まで通じる国道246号線を歩くことにした。歩き始めたのは,午後5時半過ぎである。

 そして,もう一歩も歩くことはできないという状態で午後9時半頃,二子玉川に到達した。後でゼンリンのサイトで測ったら18キロほどあった。玉川の高島屋は,親切にもロビーを開放し,大型テレビと椅子を配置していた。そこで,椅子に腰かけ,テレビを見続けた。やがて,東京メトロ,京王電鉄,西武鉄道などが運行を始めたというテロップが流れた。そして,高島屋の係員が,東急全線が,午後10時半から運行を始めたことを教えてくれた。

 足を引きずって,東急二子玉川駅に行くと,しばらくして長津田方面から押上行の電車が乗客を乗せて入ってきた。渋谷までだろうと思っていたのでありがたかった。電車はゆっくりと走り,30分ほどで,自宅の近くの地下駅に着いた。地上に出ると,車道はどの方向も車で一杯であり,帰宅する人々が歩道を大勢歩いていた。

 普段,モバイル機器を使わないといっても,通信が途絶して困らなかったわけではない。ただ,これほどの災害となるとモバイル機器にも困難があったようであり,携帯電話を手放せない方々にとっては,不安は倍加しただろう。ただ,大勢の帰宅困難者が同方向に歩いている場合,グループがいて,誰かがモバイルで入手した新しい情報を連れに話すのを漏れ聞くというケースも随分あったようである。

 とはいえ,災害発生当初から現在まで情報集手段として圧倒的であったメディアはテレビである。


2009年4月29日 (水)

ブルーレイの将来

 レンタルビデオのTSUTAYAにブルーレイディスクが登場した。

Bluray  いつも行っている店では,ブルーレイは,青いパッケージで,縦に7段ほど,数十のタイトルが並んでいる。レンタル料は,DVDより100円高く設定されている。また,ブルーレイのプレイヤーを1日700円で貸し出している。

 レンタルビデオ店に足を踏み入れ,ビデオを借り始めたのは,2000年の夏だった。その店は今はなくなったが,その当時,今のブルーレイディスク同様DVDはほんの少ししか置いていなかった。借りるのはビデオテープだった。

 DVDの量は徐々に増えていった。2002年にDVDのコーナーができ,やがて,VHSと一緒に並べられるようになっていった。新作はVHS中心からDVD中心となり,2004年の冬,新作のほとんどは,DVDとなった。当時の新作『宇宙戦争』は,DVDは50本ほどに対してビデオは4本だった。

 2000年の時点で,5年後にはDVDがビデオテープを駆逐すると予想できたかといえば,自信はない。LPからコンパクトディスクへの転換もこのくらいの期間だっただろう。

 こうしたメディアの転換がおきたことについて,後から考えられ理由として,DVDはビデオテープより嵩張らない,操作しやすい,画質がよいなどといったことを挙げることができるだろう。

 レンタルの場合,持ち運ぶ際に樂というのはかなり大きな利点である。VHSを三本はかなり嵩張ってしまつに終えない。また,購入した場合も,保存場所の点で,DVDは有利である。それに巻き戻さなくてもよい。

 また,DVDの普及には,プレイステーション2が大きく寄与したと言われている。2000年に発売されたプレイステーション2は,2005年に全世界の出荷台数が1億台を超えた。これにはDVDの再生機能があり,本体の価格はDVDプレイヤーよりも安かったので,DVDを観るのに使われ,さらにDVDプレイヤーの価格低下を促した。つまり,同じ時期にプレイヤーが広まるという背景があった。

 では,ブルーレイは,DVDに置き換わるのだろうか。

 2006年発売のプレイステーション3ではブルーレイディスクが使われている。ただ,プレイステーション2ほどの勢いはない。ブルーレイがDVDに優るのは今のところ画質だけである。

 といった点からみて,映画ソフトの分野で,ブルーレイディスクがDVDを凌ぐのは難しいとのではなかろうか。


2007年12月30日 (日)

年賀状はなくならない

Photo 2005 「年賀状 私も書くからあなたもね」
2006 「あなたからも来るとうれしい年賀状」
2008 「年賀状は贈り物だと思う」

 郵便事業株式会社が発足したのは2007年10月1日からであるが,郵政庁のときから,年賀郵便事業は変わらない。一時中断していたキャッチフレーズも今年から再開した。

 年賀はがきの発行枚数は,2004年度の約44億6千万枚をピークとして,年々減少している。2008年度は約36億2千万枚で,2004年からは2割近く,昨年からは4.6%減っている。昨年は,それに遅配もあった。

 ところが,今年は追加発売があり,結局,40億枚を超えて,前年比5.8%増となるらしい。それに25日までの投函分の元日配達に対策を講じているらしい。

 毎年,年賀状の準備をしてきたが,憂鬱である。以前は,宛先も手書きであったが,十数年前からパソコンによる印刷にした。それも相手によって,パソコン化への時期をずらした。これは,世の中の様子をみていたのであった。つまり,大勢に従おうとしたわけで率先する気はなかった。

 宛先をパソコンで印刷するためには,名簿ファイルを整備しなければならない。これが結構面倒である。本来,前年に来た年賀状(+欠礼通知)を一枚一枚見ながら,宛先と一言を書くのがよいと思われるが,宛先だけ印刷すると排列の点で手間がかかる。

 年賀状は年賀メールに変わっていって,衰退するはずだった。もう,六,七年前に,これからは年賀状を止めて電子メールで年賀の挨拶をすると宣言し,実行した方がいたが,結局は,年賀状に戻られたようである。年賀状は相互のものだから,年賀メールがきても,それに対応して自分も年賀メールにするというわけにはいかない。また,メールになさった方に年賀状を出す気にはならない。

 問題は,年賀状の本体に何を書くかである。長い近況紹介を書く場合,注意しないと自慢話か,あるいは気負った意見の開陳となりがちで,あまりよい印象を持たれない。

 年賀状で重要なのは,毎年出すということであり,その役割は,昨年と変わらないということを報せることだ。従って,前年とは少し変わった模様で「本年もよろしくお願いします」とあるだけでよいはずである。

 ところが,手書きで一言が重要となっているので,一人一人に別の言葉を書こうとすると時間がかかることになる。

 年賀状は習慣でマンネリであるので強く,そう簡単に形が変わることもなくなることもない。

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2007年1月12日 (金)

博物館でも,図書館でも,マンガ喫茶でもない京都国際マンガミュージアム

 2006年11月末,京都の烏丸御池に「京都国際マンガミュジアム」が開館した。ここは,龍池小学校があった場所で,その古い校舎を使い,フローリングなどを施し,リニューアルした。

 「京都国際マンガミュージアムについて」というぺージには,「京都国際マンガミュージアムは、京都市と京都精華大学の共同運営で、いまや世界から注目されているマンガの収集・保管・展示およびマンガ文化に関する調査研究及び事業を行うことを目的としています。このミュージアムは、博物館的機能と図書館的機能を併せ持った、新しい文化施設です」と書かれている。  烏丸通りから入ると,すぐに喫茶店があり,続いて入口がある。係が二人座っているカウンターがあるので,そこに行こうとすると,別の係が,脇にある自動販売機で入場券を購入するように促す。大学生以上の入場料は500円である。カウンター付近には,ミュージアムグッズ売場がある。

 壁に書棚があり,そこにマンガが並んでいる。著者名順に並んでいて,取り出して近くにある閲覧机で読むことができる。5万冊あるとのことだが,目録はない。ウェブページには,「所蔵資料検索」があるが,その所蔵場所は閉架書庫で,これらの閲覧は,2007年1月現在ではできない。

 開館イベントとして,「世界のマンガ展」を開催しているが,各国のマンガを,並べて,展示しているだけで,解説はほとんどない。日本のマンガの歴史の展示もあるが,マンガ雑誌の創刊号を見せるのが中心で,400字ほどの解説がいくつかあるにすぎない。そのかわり,短編アニメーションを流すモニターがそこここにある。

 他には,ゼミナー室,児童室,研究室があるが,校長室,龍池歴史記念室,地域集会室,多目的研究室(和室)などがある。

 今のところ,博物館,図書館,マンガ喫茶,小学校遺産,地域用施設を混ぜ合わせた,博物館でも,図書館でも,マンガ喫茶でもない施設である。

 「開設の背景」には,「本ミュージアムの開設のコンセプトは、公民協働(PPP=Public-Private Partnership)の考えに基づいています。計画を市と大学で策定し、市が土地・建物を提供、市と大学で組織される運営委員会の下、大学がミュージアムを管理・運営し、研究成果やノウハウを提供するものです。マンガ・アニメーションを体系的に研究し、生涯学習、観光誘致、人材育成や新産業創出等への活用を図るため、資料の収集・展示・保存を市と大学の共同により行い、その成果を地域社会の文化活動に対しても還元・貢献できる形態は、他地域の先進事例になるものと注目されています」とある。

 正式な開館は2008年とのことである。何らかの事情で,準備の整わぬうちに開館したのだろう,今年中に「PPP」を活用し,博物館でも図書館でもない「新しい文化施設」ができるに違いない。

 しかし,今やマンガは,重要なメディアであり,網羅的な収集,保存,書誌コントロール,展示,研究とその成果の発表が求められている。「京都国際マンガミュジアム」のような「先進事例」,実験的な試みの対象としてマンガが取り上げられるのは仕方がないのかも知れないが,マンガ自体の発展のためには,ここに期待するのは無理であり,別なまともなマンガ専門図書館,博物館を作る必要があると思われる。

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2007年1月 5日 (金)

レンタルビデオ店はどうなる

 レンタルビデオ店を利用するようになったのは,6年半前からである。最初に利用登録した店もその次に登録した店も今はない。すでに利用している者にとってはどうということはないが,一度も利用したことのないものにとっては,レンタルビデオ店における手順には不安がある。大学生に世の中の仕組みを教えるサイトRUKIWIKI 大学生にもなって今さら聞けないコト。の「FAQ:shoppinng」で,

【Q】レンタルビデオの利用方法 店の利用システム教えて
【A】店に入る。棚に並んでるビデオのケースの中身だけをカウンターに持っていく。たまに,ケースだけあって中身はカウンターで受け渡しってのもあるけど基本的に中身が入ってないのは貸し出し中。初めての利用なら会員証なり作るために名前とか住所とかの書類を書く。本人確認のために身分証明(学生証で充分)が必要なことが多い。何日借りるか決めて手続きしてもらう。借りたビデオ受け取って帰って鑑賞。期日になったら店に持って行ってカウンターで返却手続き。

と教えてくれる。

Tsutaya

 住んでいる場所では,圧倒的にTSUTAYAが優勢なので,TSUTAYAに登録している。2,3年前までは,TSUTAYAでも各店で登録しなければならなかったが,今は,一枚のカードでどの店でも借りられるようになった。しかし,店ごとに料金は異なる。wikipedia(「レンタルビデオ」,2007-01-05)には,「近年では新作を除けば七泊八日で350円程度のことが多い」と書かれている。

 しかし,「全国的にそうなのかは知りませんが,ウチの最寄のTSUTAYAは,水曜日は準新作と旧作の7泊8日レンタル料金が190円なのです」うさうさ通信),「新作は1泊2日,準新作・旧作は7泊8日で100円になる日が, 月に3回以上必ずあるお店なんて」(雑記)などという,うらやましい店もある。

 長い間,旧作と新作の区分しかなかったが,今は,準新作というカテゴリがあり,かつては旧作となったものを準新作に分類するという小狡い手法で実質的な値上げをはかっている。特定の作品の旧作,準新作,新作への分類も店によって異なっている。

 時々,TSUTAYAは,「半額レンタル」を実施している。実施にあたって,ほとんど予告がない。行ってみたら半額レンタルだったということになる。確かに,事前に告知したら,半額になるまで借りない客が大勢出てくるだろう。

 レンタルビデオと言われているが,実質はレンタルDVDとなっている。映画などの販売用DVDは,ビデオと違い,価格低下が著しい。少し待てば500円程度で買うことができることも多い。そのため,レンタルビデオ店の経営は難しいらしい。

 レンタルビデオの料金はやや高いものの,レンタル制は便利である。販売用のDVDを買うとみるのは後回しになりがちである。ビデオよりはコンパクトといっても,数が増えればやはり収蔵がやっかいである。最大の問題は,ビデオ同様,現在のDVDの媒体は,一過性であるに過ぎないことが明らかになっていることである。ビデオよりも早くプレイヤーが消えて,再生不能となるだろう。

 従って,レンタルビデオを借りていたほうが合理的なのだが,みなそう考えるわけでもない。

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2006年11月 2日 (木)

舞妓さんのオーラ

Maiko  京都には,他の観光地にはない舞妓変身サービス業があり,結構人気がある。基本は,舞妓の化粧をし,着物を着せてもらい,写真を撮るのであるが,オプションで「散策」というのもある。簡単にいえば,コスチューム・プレイの一つであるが,単純にコスプレとはいえない面もある。舞妓には,場の力がある。

 八坂の塔の前でおぼつかない足取りで歩く二人の舞妓姿がいた。そこに,向こうからきた観光客のおばさんたちがいて,二人に話しかけた。本物ではないことは直ぐにわかったようであるが,一人が直ぐにカメラを取り出して,写真を撮らせてくれと言った。偽舞妓の二人は,戸惑いながらぎこちなくポーズを取るのであった。

 観光客は,こうした偽者を嫌うものだとばかり思っていたので,意外な展開であった。
 かなり前のこと,祇園新橋の近くの中華の店で,地元のおばさんが,店の人と話していた。もちろん京都弁であるが,要約すると,今そこ(白川のあたり)に舞妓に変身した娘がいた,人だかりがしているので,見てみるとものすごく可愛くて似合っていて本物以上だった,という話だった。

 チャン・ツイ・イーの例もある。形の持つ力を感じるとともに,本物にはオーラがあるというより,オーラのあるものが本物なのかもしれないと思う。

 舞妓ばかりでなく,芸妓変身もあり,最近は,娘が舞妓に母親が芸者に変身するのが主流らしい。舞妓より芸妓を装うのは難しいように思われる。しかし,今や,軽々と芸者になりおおせることのできる母親も多いのかもしれない。

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2006年5月13日 (土)

地上デジタル放送のいかがわしさ

 テレビがおかしくなった。直ぐに電源が切れてしまう。機嫌がよければ,切れないでいる。近くで何か電波が出ているかもしれないと思い,遮断してみたが上手くいかない。タイマーかと思ったがそうではないというか,タイマーが自動的に入ってしまうようだ。基盤がおかしくなっているのだろう。

 それに,画面が薄くなった。これはブラウン管の問題である。両者は異なる原因であろうが,同時期に末期的症状が出るのは素晴らしい。特に支障無く十数年前のブラウン管テレビを使ってきたが,もはや寿命らしい。

 建物にCATVが入った時に加入した。ラグビー,サッカー,テニス,自転車,F1を観るために,sky perfecTVにも入った。スポーツ番組を観るには,JSPORTSが必要であるが,最近,JSPORTSがJSPORTS PLUSなるデジタル放送のチャンネルを始めた。これは,デジタルテレビでないと観ることができない。

 前携帯生活と言いながらも,デジタルテレビに変えることにした。液晶のモニターにデジタルチューナがついたテレビを買った。

 CATVの契約をアナログからデジタルに変えないと地上デジタル放送を受信できない。ケーブルテレビ会社から真面目で気のいい若者二人がやってきて,チューナーを取り替え,面倒な配線をし,親切に説明をしてくれた。とは言え,番組が変わったりするわけではない。変わったのは,チャンネルで,テレビ朝日やテレビ東京の位置が変わり,チャンネルが2桁から3桁になり,もはや覚えることができなくなった。 Denpa

 これで2011年を乗り越えられるのでひと安心ではあるが,池田信夫氏『電波利権』によれば,「地上デジタル放送は『平成の戦艦大和』」であるらしい。

 NHKの調査によると,地上デジタル放送受信機の普及数は,2006年4月末で約1,049万台だそうだが,日本の家庭のにあるテレビ台数は,1億3000万台で,2011年までにデジタルに置き換えることは不可能である。地上デジタルは事業として成り立たないと放送の当事者が言っているし,10年後には,「映像の大部分はインターネットで配信されているかもしれない」のに,無理を重ねながらデジタル放送が推進されている。

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2006年4月23日 (日)

『グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する』

Google_sasaki  先週末,構内の食堂を通りかかったら,複写機が置いてあり,大きなポスターが貼ってあった。コピーが無料であると書かれている。スポンサーが数社あるらしい。院生に伝えたところ,早速,試しに出かけた。すぐに戻ってきて,見せてもらったが,コピー用紙の裏にべっとりとスポンサーの広告が印刷されていた。使うためには,係からの質問に答えなければならなかった。学生に無料コピー機を与えると「節操」などとは無縁の使い方をされてしまうだろうが,コピーの汚さにうんざりする院生もいる。

 このように,通常は有料のものを無料にして,広告と情報の収集で新しいビジネスモデルを作り上げているのがグーグルである。広告による無料提供は,昔ながらの手法であるが,グーグルは,大規模で,スマートで発想が違う。

 やはり,先週末に刊行された々木俊尚『グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する』(文藝春秋,2006,文春新書)を都心の書店で探したけれど,文春新書の他の新刊はあるのに,この本の場所だけがぽっかりと空いていた。三軒目でようやく見付けた。

 さて,この『グーグルGoogle』の内容も,アドワードなどのグーグルの収益システム,パージランクやロングテールの紹介である。ただ,あえて「web2.0」という言葉は使わないが,しかしながら既存のビジネスの破壊という点が焦点である。羽田の駐車場や福井のメッキ会社の事例は面白い。そして,最後は,グーグルのもたらす未来は新しいタイプの監視社会ではないかといい,前半から中盤までとは大きく異なってグーグルの持つ無邪気さ,暗さや胡散臭さへの強い疑念を表明している。

 グーグル本は,梅田望夫『ウェブ進化論』ばかりでなく,よく売れることが実証されたわけであるから,これからも続々と出てくるだろうが,どのようなスタンスで書かれるかが楽しみである。

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