2016年5月30日 (月)

東京芸術劇場の立川志の輔

Tokyotheater  勤め先の近くにある東京芸術劇場には2,000席の大ホール,800席の中ホール「プレイハウス」,それに300席の小ホールが二つある。東京芸術劇場に行くのは初めてであるが,立川志の輔師匠も演劇は観に来たことが自分で演じるのは初めてとのことだった。中ホールは,もちろん満員である。何とか入手した切符は2階の右端だったが、仕方が無い。

 七番弟子が,きちんと古典落語を演じた後,登場である。

 最初は,新作落語「ハナコ」である。飛行機会社の「天候調査」の話から始まる。随分と苦い目にあったことがあるのだろう。ある程度の温泉町の温泉旅館にサラリーマン三人組が,源泉掛け流し,黒毛和牛食べ放題を目当てにやってくる。ところが女将の応対が変である。しきりに「あらかじめ申し上げておきます」を繰り返す。仲居の前田が,子供が熱を出したので,今日は休んでいるので,行き届かないところがあるかもしれないというどうでもいいことを女将は繰り返す。何とか温泉に入り,さあ黒毛和牛食べ放題という時に,ピーマンなど材料の供給農家の人々が一人づつ挨拶をし始める。それで「ハナコ」の正体がわかるが,それは落ちではない。
 「ハナコ」を聞くのは二回目であるが,やはり大声で笑ってしまう。

 もう一つの演目は古典落語「柳田格之進」である。両替商主人と浪人が碁敵であるが,番頭の独断が重大な事態を引き起こしてしまう。最初の三分の一ほど少し集中力が途切れた。マイクのせいなのだるが,志の輔師匠の声が聞こえにくいところがあった。しかし,身体をよじり,しばらく無言で演技し,観客が次の台詞を待つという展開になっていくと舞台に釘付けになる。

 最後は,どういうわけか観客全員での三本締めとなった。


2014年10月22日 (水)

獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)

Hitoritabiennosuke_3  市川猿之助奮闘連続公演の10月新橋演舞場『獨道中五十三驛』(「ひとりたびごじゅうさんつぎ」と読む)を見た。切符を買ったときには猿之助と市川右近の名しかなかったが(猿之助が全役を演じるのかと思った),市川笑也以下,澤瀉屋のほとんどが出ている。

 大筋はお家騒動がらみの仇討ちで,京都の三条大橋から江戸の日本橋まで,全53場である。猿之助は,主人公丹波与八郎の他,18役を演じる。全部で4時間半,休憩が3回入る。序幕は斬り合いがあるが,たいしたことはなく桑名まで進んでいくが,いつの間にか海の中になってしまう。二幕目,三幕目,大詰には,それぞれ異なる趣向があり,飽きることはない。

 本当の水を大量に使ったり,これでもかと早替わりを重ねるのもよいけれど,最も気に入ったのは,岡崎無量寺の怪しい猫の場である。ぬいぐるみではあまり怖くないが,猿之助の演じる老婆=化け猫は怖いし,陰惨だ。

 あっという間に終わる宿場もあるが,全般に大道具から小道具まで工夫がある。例えば早替わりが一つうまく終われば,猿之助も周囲もほっとするだろうが,すぐに次の趣向があるから,気を抜くところがない。身体の柔軟さばかりであく,尽きぬ体力に感心する。舞台裏を見たいものだ。

 物語に力があるわけではないが,物語の一貫性など気にならず,むしろ口先だけではない徹底したサービス精神に驚き感動する


2013年12月14日 (土)

京都南座顔見世の市川猿之助

 京都南座の12月顔見世興行を初めて観た。さすが劇場内にはに藝妓,舞妓の姿が見える。満員だった。 

 演目は,中車は「ぢいさんばあさん」と「元禄忠臣蔵-御浜御殿綱豊卿」,関西では「ラブリン」とよばれているらしい片岡愛之助は,「二人椀久」で仁左衛門の代わり,そして「児雷也」である。猿之助は,昼は,「四の切」(義経千本桜-川連法眼館の場)の狐,夜は,「黒塚」の鬼女といずれも人間ではない役柄である。

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 襲名披露なので,夜の部に口上がある。猿翁が休演のため,舞台は猿之助と中車,それに坂田藤十郎だけである。昨年の新橋演舞場の襲名披露に比べると寂しい。

 「四の切」は,三代目市川猿之助を何度か観たし,四代目の市川猿之助でも三度目である。昨年6月に開かれた渋谷ヒカリエの「渋谷亀博」では,その舞台装置を拝見した。どのように出現し,次はどこから出るかということはしっかり覚えているので,うっかり花道を見ることはない。

 京都南座では,20年前に三代市川猿之助が演じて以来の,猿之助の源九郎狐である。隻が前方だったので,これまでになく,猿之助の表情がよくわかった。小狐が本当に乗り移ったような仕草,独特の台詞回しである。観客には分かりやすいし,体力と気力を100%使っていることがよくわかる。

。そして,最後の宙乗りで,三階席にまで達し,花吹雪が舞い散るところまでよく見えた。

 宝塚のレビューの大階段のような,高揚した幕切れで,見終わって帰る観客は満足感を得られるだろう。さらに,夜の部の「黒塚」では,一転して喜びと無念さと恨み,それに凄みを演じ分けてみせる。

 猿之助が新しい歌舞伎座に登場するのはいつなのだろうか。

 


2012年7月29日 (日)

原鉄道模型博物館は理解されるのか

 原鉄道模型博物館のある横浜三井ビルディングに近いのは,みなとみらい線新高島駅であるが,この駅を出ると,周囲に何もないのに当惑する。開発用地の中に駅を作ったものの,ビルが立て込むことがないため,商店街の形成はなく,コンビニエンスストアがあるばかりである。それでも数棟,高いビルがあり,その一つが横浜三井ビルディングである。

Hararail  1階のコンコースの真ん中に3階に行くエスカレータがあり,その乗り口に係員がいて「少し混んでます」と教えてくれる。ここは2012年7月10日に開館した。原信太郎氏93歳の1000両に達する車両を展示している。

 基本的には子供連れで来るところであり,男女連れも一人もほとんどいない。最初の数部屋には,原氏が作った鉄道模型が並べられている。ここには,日本の古い市電や私鉄の電車がある。原氏は日本の国鉄にはほとんど関心がないようだ。博物館然としたこれらの展示物は,子供を連れた親には辛いだろう。親は,これらの車両についてほとんど知識がないはずからである。

 そして,広大なスペースのレイアウト室がある。王道を行くというか,エンドレスという周回の線路が数本引いてあるだけである。手前に大きな駅とホームがあり,左と右に山があってこの間を結ぶロープウェイがあり,右の山の周囲にも線路が敷かれている。

 列車は,立体交差もなくただぐるっと回ってくるだけであるので単調である。時々暗くなって夜となり,建物や列車の明かりが映える。このレイアウトは1番ゲージだというが,普通の鉄道博物館のレイアウトとは違い,車両が大きい。これを,台車から客席まで入念に作り,パンタグラフから集電するという凝りようである。シーナリーと呼ばれる景色や建物の完成度も高い。走っているのは,ドイツやスイスを中心とした車両である。電車も蒸気機関車もある。手前にあるのは三階建てのヨーロッパの大きな鉄道駅である。

 どういうことかといえば,新幹線も旧国鉄の列車も,私鉄の特急もないということである。従ってお父さんやお母さんがノスタルジーに浸るのは難しいし,N700を好きな子供にも無理だろう。

 見ていると,「あっ,転車台だ」と喜ぶ子供と結構詳しいその母親がいたり,全く興味を示さない男の子,作者の高尚な趣味に反感を持ってしまったお父さんなど観客は様々だ。

 おそらく妥協したのだろう,一角にみなとみらい地区を表したHOゲージのレイアウトもあった。しかし,安っぽく見えてしまうのは否めない。

 原氏は,酒も煙草もたしなまず,1945年から一日2リットルのコカコーラを飲んできたそうだ。鉄道模型は,昔は外国製と国産の間に大きな差があった。その時に参入していれば,外国製車両が中心となる。その後,国産も質がよくなった。また,鉄道模型の縮尺率は大きくなるというか,ゲージでは小さくなるのがトレンドだった。原氏は,こうした流れを気にすることなく,自分の流儀を貫いてきたということだ。


2011年10月10日 (月)

前面展望の楽しみ(1)

Guttokuru ユーチューブで「前面展望」を探すと1万件ほど見つかる。全部見たわけではないけれど,ほとんどは,電車などの先頭車両の運転席の後ろから撮影したビデオで,345回再生の「東海道本線 愛野→磐田 前面展望」は,その通り愛野駅を出て磐田駅にいたる東海道線を走る電車の最前部から見える風景を記録した8分強の無味乾燥な映像である。こうしたビデオを作って投稿しているNPOがあるらしい。時々,旅行に出かける前や後に眺めていた。

 鉄道での旅行が好きなだが,指定席でなければ,適当な車両の適当な席に座って,車窓を眺めたり,本を読んだりしており,格別,しっかり景色を見なければならないとは思ってはいない。先頭車両で「前面展望」したいとはあまり思っていなかった。それに,やはり人の目も気になる。

 半年ほど前,鈴木伸子『グッとくる鉄道 見て 乗って 感じる、胸騒ぎポイントガイド』(リトル・モア,2011)を読んだ。鉄道好きの女性編集者の書いた東京近辺鉄道についてのユニークな視点の本である。鉄道ファンは山手線に関心を示さないが,「山手線に好感を持っている」,田町駅の品川寄りから見る札の辻の大きなカーブがよい,といった記述がある。筆者はカーブが好きらしい。

 この中に,「土曜日の午後,湘南新宿ラインの運転席に張り付いている変な女がいたら,それは私です」とあった。そうか,やはり先頭車両で「進行方向を凝視し」乗るのがいいかなと思いはじめた。

 それ以後,初めて乗る路線や久方ぶりに乗る路線では,極力,「前面展望」を試みることにしている。

 先日,新宿から箱根湯本まで小田急ロマンスカーに乗った。ウェブのサイトから先頭の展望席を予約できた。最前列ではなかったが,座って「前面展望」できて幸せだった。最前列には小学生とその母親がいて,そのお母さんが,すれ違う小田急の特急の形式を苦もなく言い当てるのに驚いた。


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2009年10月18日 (日)

宝塚のレビューの新趣向

 先日,宝塚雪組の東京公演『ロシアン・ブルー』と『RIO DE BRAVO!!(リオ デ ブラボー)』を観た。

 「スクリューボールコメディ」と銘打たれた『ロシアン・ブルー』の舞台は,1937年のソ連のクレムリン内であり,来訪している米国の議員連中と彼らが連れてきた演劇関係者との文化交流をめぐるトラブルを背景にした恋愛劇というなんでもありの宝塚でしかできない芝居である。

 小林信彦氏の著作で「スクリューボールコメディ」の説明を読んだことがあるが,変人奇人達の恋愛,機関銃のような早口で途切れない台詞という特色があり,その例として1930年代から40年代の米国映画『ヒズ・ガール・フライデー』,『新婚道中記』,『赤ちゃん教育』,『フィラデルフィア物語』,『或る夜の出来事』などがあがっていたように思う。これらの映画に強い共通点があるとは思えないし,現代にも通じる傑作『或る夜の出来事』以外の映画には,笑うことのできる場面は少しもなく,それどころか今の感覚からみて理解しがたいというか我慢のできないところがいくつもある。

 いまどき,七十年前の遺物「スクリューボールコメディ」では無理があり,さらに早口でしゃべりまくるものだから『ロシアン・ブルー』の台詞は,聞き取りにくく,これはどんな話なのかが掴みにくかった。

 宝塚の通常の公演は,1時間半ほどの芝居,30分の休憩,そして1時間のレビューから構成されている。観客は,芝居部分で寝ていても,レビューで満足できれば,全体として満足して帰ることになる。『RIO DE BRAVO!!は,ブラジルを舞台としたラテン音楽のレビューで,なかなか高揚感があった。

Bonbon  宝塚ではレビューも構成に約束事が多く,例えばロケットと呼ばれるラインダンスが必然性とは無縁に必ず組み込まれている。さて,中盤に組の全員が揃う箇所がある。ここで,観客にボンボンを振らせた。観客と一体となるという演出だが,どうやらこうしたことはかなり珍しい趣向のようだった。隣にいたおそらく二十歳代後半の女性二人は,休憩時簡にボンボンを取り出して,待機していた。丸くて,金色の細い短冊が何十枚も付いている。なんでも公式ボンボンがあり,場内の店で売っているらしい。

 今,若者の集まるコンサートがどのような状況か知らないが,観客はペンライトをふる程度の参加度だろうと思う。宝塚のボンボン振りは,どの場面でどのように振るかまで決められていて,観客にも習熟が求められる代物だ。

 『宝塚(ヅカ)読本』(文春文庫,2009)の中で,著者の中本千晶氏は,「ビジネスとしての宝塚が抱える二つの課題」として,阪急からの経営上の独立,それに長年の顧客の保護と新規顧客開拓のバランスとを上げている。

 おそらく演出側は,最初はどれほど観客がついてくるか疑問だっただろうが,さすが宝塚ファン,忠誠心を試されるボンボン振りを忠実に実行したわけである。しかし,まだ宝塚ファンではない観客,初めてきた観客が,多少,疎外感を感じても不思議はない。前述の課題という面からみて,新規顧客獲得に結びつきにくいこうした演出がよくできるものだと思った。

 座っていた席の近くは,団体が購入したようで,大勢の高齢者たちが座っていた。ほとんどは宝塚を初めて観る人達のようだった。もちろん宝塚の観劇ルールを知らないので,全てにわたって反応が鈍かった。しかし,ボンボンの出てきた後,終盤近くになり,老人達が自主的に手拍子をし始めたのには,正直驚いた。演出側はここまで考えていたのだろうか。


2009年3月27日 (金)

宝塚の『二人の貴公子』は面白かった。

 宝塚バウホール月組公演『二人の貴公子』を観た。新しくシェイクスピア作品と認定された戯曲である。古代ギリシャを背景に,二人の貴公子パラモンとアーサイトが一人の姫君エミーリアを愛してしまうという話である。

 シェイクスピアといっても面白い作品ばかりではないので,それほど期待していなかったが,全く退屈することなく,どう終わるのかという興味に最後まで支えられ,集中力を持って観ることが出来た。公演の評判を含め,何の背景知識もなかったが,最後に隣近所ですすり泣く観客がいるし,ブログでも「面白い」という声が多かったのも納得がいく。

 シェイクスピア的ではあるけれど,運命というだけでなく,パラモンとアーサイトの微妙な違いを出して観客を何とか納得できるようにしている。また,宝塚の本公演では,トップは一人だから,二人をほぼ同じく扱っているこのドラマは,取り上げにくいかもしれないという点で若手公演の意義が活かされている。

 台詞が長く殺陣も多いのであるが,龍真咲と明日海りおはとても凛々しくて疲れも見せず,エミーリアの羽桜しずくは,二人から愛されるに値する美しさであり,若手のがんばりと,脚本,演出,舞台装置それぞれがほどよくまとまって,良い舞台となっている。

 東京公演がないのが本当に残念である。

 さて,片岡愛之助,中村獅童,黒木メイサの『赤い城 黒い砂』はどうだろう。


2007年1月 8日 (月)

発着フリーク

 子供の頃から乗物が好きだった。そのためなのだろう,乗物の発着を見て飽きることがない。駅のベンチでもよいが,ホームを眺めることのできる場所から,列車の発着を見る,空港の大きなガラス窓ごしに離着陸する飛行機を眺めるといったことが好きということである。ただし,バスの発着や,道路での車の往来には何も感じない。

 尾道の山の上の千光寺公園から見る尾道水道を行き来するフェリーをはじめて見た時には時間を忘れた。尾道は,坂の町として有名であるが,狭い海峡の対岸に向島があるという特殊地形でもある。この向島との間を五か所ほど渡船が結んでおり,小さなフェリーが頻繁に往来している。(浄土寺山頂展望台からのパノラマ)

 こちら側から出たフェリーが向島に着き,隣の乗り場からは,別のフェリーが出発する。この有様を高いところから見るのが気に入ってしまい,何度も尾道に行き,わざわざ山の上のホテルに泊まったことまである。この尾道の渡船の光景は,他ではみられないユニークなものと思うが,尾道には,他にたくさん観光名所があるので,それほど注目されていない。

 正しい「発着フリーク」は,見ている間はぼぉっとしていて何も考えない。待っている間も気を抜くことはできない。しかし,1時間に1本しか発着のない駅,空港,港では,満足できない。頻度も大事というように,なかなか贅沢にはなってくる。

 たまたま,「おぱく堂」氏の「電車走行キット」というページを見付けた。この中にある「昔の「赤坂見附」風な駅」は,うれしかった。東京の地下鉄の赤坂見附駅に銀座線の電車と丸の内線の電車が発着する。「昔の」というのは,走っている車両によるばかりでなく,銀座線の電車がホームに入る前の一瞬の消灯を再現しているからでもある。  右方向は,銀座線では「溜池山王」ではなく「虎ノ門」,丸の内線では,「国会議事堂前」である。このホームの左側部分では以前から工事をしていた。昨年末に出来上がったのは,下のホームとの連絡階段だった。

 シンプルではあるが,味わい深い。

 丸の内線の電車と銀座線の電車が同時に発着しないだろうかと思い,ずっと見続けていた。そうしたら,おお・・・。

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