2017年1月 2日 (月)

東京から見た元日の富士山

Fuji20160101  元日,歩いていたら,富士山が見えた。意外に大きくはっきり見えた。

 ビルの上からではなくこうした地面のレベルから見えるのが不思議だった。昔は,町中のあちこちからこのように見えたのだろう。前のほうに進んでいくと見えなくなる。

 ただ,この場所から見ることができるのは今年限りである。


2016年11月18日 (金)

今年はきれいな外苑の銀杏並木

 毎年,11月23日には東京神宮外苑の秩父宮ラグビー場でラグビーの早慶戦がある。欠かさずと言うほどではないけれど,観戦に行っている。メインスタンドからはバックスタンドの向こうに外苑の銀杏並木の先端が見えて,美しく色づいている。ところが最近は,色づくのが遅くなり,綠のままであることも多かった。

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 今年は,寒波の襲来が早かったためかもしれないが,早くから黄色になり,四列ある銀杏並木の半分ほどは,桜で言えば見頃になっている(左)。ここ数年より,半月ほど早い。また,昨年は,2月に銀杏並木の枝を大量に伐採したこともあり,見られたものではなかった(真ん中)。

 朝早くから観光客が来ているのであるが(右),この9割は,中国からの方々である。

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 さて,この銀杏並木の向こうには絵画館がある。その広場前の看板に貼り紙があった。今日,つまり11月18日から予定されていた「第20回神宮外苑いちょう祭り」の開催中止のお知らせである。あんなことの後であり中止は当然のことであるが,できれば,こうした屋台が建ち並ぶだけのイベントは,今後も止めてほしい。


2014年7月25日 (金)

台風の時,箱根へ行く

 2014年7月,台風が来つつある時,箱根の温泉に行った。

 新宿から乗った小田急のロマンスカーは空いていた。ところが,近くに多分70歳を過ぎた老人達の集団がいた。同窓生の集団らしかった。途中から乗ってくる仲間が無事に乗車できるかどうかをいつまでも議論したり,一人がタブレット端末にダウンロードしてある絶叫県議の釈明会見を大きな音声入りで何度も流したり,うるさい。そのうちに話の内容は,そこにいない人々の噂へと移っていった。「鈴木はどうしている」,「田中は」といった会話であるが,「去年死んだ」とか,「癌で入院している」ということで,座は静かになっていった。しかし,たちまち気を取り直し,話題は今晩の宴会の後はどうするといった元気なほうに向かっていった。

 箱根湯本で,停車していた箱根登山鉄道の強羅行きに乗った。車内は,ほぼ満員だった。ここで聞こえてくるのは中国語ばかりである。ロープウェーは止まっているが大丈夫なのか。平日の箱根は中国からの観光客に占拠されているという話は本当らしい。

Oohiradai  二駅目の大平台で降りる。あじさいは6月かと思っていたが,今が盛りである。大平台の駅は,スイッチバックの駅で,列車が交換する。国道から少し下がった場所にあり,あじさいに囲まれた静かな大平台の駅は気に入っている駅の一つである。

 駅からおぼろげな記憶を頼りに坂道を登っていき,店で買い物をしていたら雨が降り出した。山の中腹にある宿のまわりはうっそうとした森であり,一晩,台風の激しい雨が音もなく降った。


2014年3月19日 (水)

北陸新幹線と飯山線

 2015年春に北陸新幹線の長野と金沢間が開業する。北陸本線に沿った路線なのだろうと漠然と思っていたが,長野からどのように日本海側に出るのかはよくわからなかった。調べると,飯山まで飯山線に沿い,そこから大きく向きを変えて,信越線を横切り,日本海に出ることがわかった。

Hokurikuhonsen3sha  新幹線ができると,JRは在来線を廃止するが,通常は,第三セクターが経営を引き継ぐ。北陸新幹線の場合は,飯山線はJRのままであるが,信越線の長野と直江津の間,北陸本線の直江津と金沢の間が廃止,引き継ぎに該当する区間である。

 ところが,これがえらく複雑なことになっていた。何と四社に分割されるのである。

 しなの鉄道(長野~妙高高原)
 えちごトキめき鉄道(妙高高原~市振)
 あいの風とやま鉄道(市振~富山~倶利伽羅)
 IRいしかわ鉄道株式会社(倶利伽羅~金沢)

 基本的に県別であり,県が出資する第三セクターなのでこうなったのだろう。既存の「しなの鉄道」以外は,それにしてもなあという鉄道名である。「えちごトキめき鉄道」の場合,路線名は「日本海ひすいライン」(直江津~市振),「妙高はねうまライン」(直江津~妙高高原)となる。公募で決めたことになっている。空元気というより,今はこういった名付けが流行なのでその通りにしましたという投げやりな感じが漂っている。

 以前から,景色がよいといわれる飯山線に乗ってみたかった。今回,信越線の直江津と長野間もJRから離れるので,乗っておこうと思った。どちらも日本有数の豪雪地帯であるので,時期としては2月か3月がよい。

 上越新幹線で長岡に行き,信越線で直江津周りで長野まで行った。信越線の柏崎から柿崎の間は,比較的長時間,海岸沿いを走る。日本海の暗い空の向こうから波が押し寄せてきて,断崖や滝がある。直江津で乗り換えて,長野行きの列車に乗る。四番目の駅の脇野田の近くに,北陸新幹線の「上越妙高」駅を建設中であるが,ほぼ完成している。ただ,この駅は,妙高市の北辺にあるが,妙高高原からはかなり遠い。沿線は,やはり積雪量が多い。直江津と長野の間は,高校生などの乗車時間ではなかったが,かなりの乗車率だった。

 翌日,長野から飯山線に乗った。二両編成のディーゼルカーである。長野付近はほとんど雪はないが,豊野を過ぎて,千曲川に沿うようになると,雪の量がすさまじくなる。雪の多い地帯では,道路は除雪され乾いているが,田畑や山には背丈以上の雪が積もっている。林の中の木々の間にも雪が降り積もっている。雪の壁の間を列車は走っていく。Iiyamasen

 長野駅でこの列車に,若手女性タレントとディレクター,カメラマン御一行が乗ってきた。車内の乗客ひとりひとりに取材しているようである。拒否的な態度が伝わったのか,番組の趣旨に合わない人間と判定されたのか,相手にされなかった。

 立ケ花駅から北飯山駅,戸狩野沢温泉から越後鹿渡まで千曲川を右岸に望む。見渡す限りの雪景色の中に千曲川の黒い流れが見える。単調ではあるが,時折,水鳥の雁行があったりして飽きなかった。


2014年2月27日 (木)

遷宮後の出雲大社に参詣

 

 東京に大雪の降った後,羽田から出雲空港行きに乗った。東京湾に出て,飛行機は大きく西へと向きを変えて,朝の光の中を西に向かった。たちまち,地上は白くなっていく。特に川の両岸,田畑は雪に覆われている。左に富士山を見て,手前に富士五湖,樹林がやはり白い,さらに甲府附近の上空に至ると広大な白い盆地となっている。道路や線路がうっすらと見える。大きな災害であることは確かである。

 出雲空港に着く前に中海を眺めることができるが,ダイハツのCMで知られるようになった「江島大橋』がはっきり見えた。空港から路線バスで出雲大社へ。やはり参拝客は多い。中年以上の男女が中心だが,玉造温泉から来たこのバスには二十歳代の女性が多い。話にきいていた通りである。

 内宮と外宮をはじめ主要社殿を全て建て替える伊勢神宮の式年遷宮とは違って,出雲大社の遷宮は,建て替えるのではなく,いったん神様を他に移して,屋根を葺き替えるなどの修造を行うことである。

Izumotaisha  来るときのバスの運転手が,車内で観光案内する際に,他の神社の「二拝二礼一拝」とは異なり出雲大社では「二拝四礼一拝」であることが強調していた。みな,そうしている。最近,神社での手水や参拝の説明をよく目にするが,神社本庁が広告代理店に頼んで密かにキャンペーンでもしているのだろうか。神様に参るのに「正式」な作法など不要である。それぞれが好きなように参ればよいのではないか。

 出雲大社には,神社以外の観光施設は少ない。廃線となった国鉄大社線の旧出雲大社駅まで歩いていった。出雲大社からかなり距離があるが,遠くから来た参詣客達は何とも思わず,歩いていったのだろう。今の参詣客は,出雲大社のすぐ近くにある駐車場にバスで来る。

 一畑電車に乗った。一畑電車は,いつも通り淡々と走っていく。川跡という駅で三方向から来た電車が集まり,乗り換えて,それぞれの行き先に行く。宍道湖の湖畔を通って一畑電車は松江に行く。

 鳥取行きの「まつかぜ」は自由席だったので,先頭車両の最前部に行ったら,前面展望できる席が空いていた。米子で運転士が交替した。乗ってきた運転士は女性だった。苗字が表示してある。Aさんである。多分30歳代前半だろう。車掌も女性だった。青信号に律儀に,女性らしい仕草で右手をあげて確認している。運転士の指さし確認の後,4,5秒経たないと信号が見えてこない。山陰特有の晴れたかと思ったら,雪のちらつく天気である。小刻みにワイパーを動かす。しかし,運転自体は,男性運転士と変わりはない。後で,今では多数の女性運転士がいることがわかった。新幹線には女性運転士が数十人いると聞いているが,新幹線の場合は乗っていても運転士はわからない。


2013年8月19日 (月)

気の毒なJR北海道

Hokkaidosinkansen  先日,新青森から函館に行く間に,新幹線の工事が進んでいるのを知った。木古内の駅の工事も進んでいた。北海道新幹線の新青森から新函館までは2015年開業である。新函館駅は札幌を目指すので,行き止まりの今の函館駅からはかなり離れた場所になる。

 札幌までの新幹線は,現在,特急が走っている室蘭線ではなく,ローカル線となっている長万部から倶知安,小樽を通るルートとなるらしい。

 2013年8月16日からの北海道の豪雨で函館線の八雲の付近でJR貨物の貨物列車が脱線した。ここで事故が起きると函館と札幌の鉄道は停まってしまう。この間を代替バスでつなぐことにして,JR北海道は臨時の特急を走らせ始めたが,今度は,18日に函館と八雲の間の森で運転士が線路の上で土砂崩れが起きているのを見つけて停車した。幸い事故にはならなかったが,さらに面倒なことになった。

 JR北海道では,「走行中の列車から出火・発煙するトラブルが、今年に入って7件も起きている」,そこで「国土交通省の指導を受け、JR北海道がJR東日本に車両の整備などについて教えを請う異例の技術協力が今月から始まった」(読売新聞,2013-08-12)とのことである。しかし,JR北海道を非難する気にはなれない。

 広くて人口の少なく,気候の厳しい北海道で,JR北海道は,大変苦戦している。車両の整備に費用をかけられないのだろう。ただ,点検のレベルが少し下がると故障が頻発するらしい。安全にかかわることであるので,ここに乏しい資源を集中しなければならない。JR東日本の教えなど本当は受けたくないだろうに。

 さらに不運なことに,今度は重要路線が無慈悲な豪雨に襲われてしまった。

 先月末,函館から札幌へ特急「スーパー北斗」で行った。前日に登別に集中豪雨があり,特急は終日運転されなかった。乗る列車は,札幌を朝早く出発する特急の折り返しだった。札幌は定刻に出たらしいが,登別付近で停車,徐行を繰り返し,函館到着は2時間以上遅れた。函館で車内清掃の後,札幌行きとなった特急に乗った。ほぼ,本来の速度で走った。しかし,出発時刻が2時間以上遅れているので,到着時刻も2時間数分の延着であり,せっかく頑張ったのに,特急券は払い戻しとなった。何だか気の毒であったが,払い戻しはしっかり貰った。


2013年8月14日 (水)

秋田内陸線に乗る

 秋田県に「秋田内陸縦貫鉄道」(地元では「内陸線」)という路線があり,以前から乗りたいと思っていたが,なかなか機会が得られなかった。鷹ノ巣と角館の間38キロであるが,秋田新幹線で角館まで行けばよいし,鷹ノ巣の近くの大館能代空港があるというものの,行くのはなかなか厄介である。

 奥羽本線を鷹ノ巣で降り,内陸線の各駅停車に乗った。運行本数は少なく,各駅停車では,2時間半ほどかかる。終始,乗客は7,8名程度であるが,全線を乗るのは,鉄道マニアの三人だった。それでも,途中の乗り降りがある。老人ばかりというわけでもない。途中で女性のアテンダントが乗車してきて,音声案内や車内販売をする。

Nairiku  鷹ノ巣を出たディーゼルカー1両は,まもなく阿仁川に沿って上流に向かう。駅間距離は短い。線路の両側には杉が植えられ,両側の山も全て秋田杉である。この辺りで山主だったら杉を植えるしかないだろうなと思う。中間の阿仁合駅で乗り換えなければならない。分水嶺を長いトンネルで越え,今度は別の川に沿って下り,田沢湖の近くを通り,角館に至る。全部で29駅,2時間半かかった。

 大変な満足感を得られた。後で調べているうちに,鉄道旅行の先達宮脇俊三氏が,『時刻表ひとり旅』の中で,(阿仁合線は)「もっともローカル色の濃い線だと私は思う」と述べていた。最初に乗った時に同乗した女子高生の美人度が高かったことが影響しているふりをしているが,それだけではない。あまり沿線人口が多くはない中を走る,純正ローカル線らしい風情がある。平凡な山里を淡々と走っている。

 今後の存続は難しいようである。観光で印象付けようと,イメージキャラクターがあり,駅ごとにスローガンがあり,鉄橋などの名所での徐行,そして稲にイラストをあしらった「たんぼアート」などがある。

 『あまちゃん』もそうだが,鉄道による地域振興計画,あるいは,「乗って残そう」という運動,さらに観光鉄道化ということは,第三セクターのローカル線ではどこでも行っている。しかし,玄関から玄関までいつでも移動できる車に対し,時間に合わせて駅まで行かなければならない鉄道は圧倒的に不利である。すれ違いのために15分ほど停まった駅で,駅の周囲を歩いた。ホームの待合室を,近くの小学生が掃除をしているという記事が張ってあった。その中に「まだ,一度も内陸線に乗ったことのない小学生も」と書かれていた。

 私のような,乗るだけの客が激増すればよいのだろう。しかし,鉄道好きが増えているらしいが,あまり有名でないローカル線に乗っている鉄道ファンはあまり多くない。


2013年7月27日 (土)

2013年の祇園祭

 三年続けて祇園祭の山鉾巡行を観た。

 16日の夜に何とか京都に停まり,朝8時40分に「くじ改め場」の前に到着した。山鉾巡行見物では,河原町通や御池通で次々にやってくる鉾や山を見ることの他に,四条河原町などでの鉾の向きを変える作業「辻まわし」,長刀鉾の稚児の注連縄切りなどがあるが,毎年「くじ改め」を見ている。

 山鉾は,あらかじめくじ取り式でひいたくじの順番にやってくる。「くじ改め場」の前で山も鉾も止まり,裃姿の世話人代表が,文箱に納めたくじ文書を奉行に見せ,奉行はそれを読み上げるというのが基本である。

 代表は,遠くの祇園神社に一礼し,奉行に向かい,手でふれずに文箱の中のくじを差し出す。一連の独特の所作を上手に成し遂げると大きな拍手が起きる。その役は中年町衆が務めるのであるが,次第に,小学生に任せる例が増えている。小さい子が緊張しながらうまくやり遂げると拍手は大きい。

 くじ改めが終わると鉾の場合は,待機していた行列を招く。山の場合は,人手で持ち上げて回す,これを「山回し」というらしいが,以前は,全ての山が「山回し」をしてはいなかったように思う。

 これも歴史は浅いが,今は山や鉾の他に傘がある。「綾傘鉾」では,くじ改めの後,覆面をした童子が,鉦,笛,鼓に合わせて棒振り踊りをする。

 山の中で人気のあるのはかまきりを乗せた「蟷螂山」である。このかまきりは,顔や手を操って動かすことができるようになっている。今年はかなり複雑な動作があった。

 こうして,「くじ改め場」の場のパフォーマンスは,年々エスカレートしているようである。

 しかし,飽きることも確かである。次第にくじを落としたりしないかと失敗を期待するようになっていく。13基ほど見て,烏丸三条へ行って休憩した。これから巡行する山や鉾が列を整えている。

Gion_shinmachi  次は,新町通である。巡行は御池新町で終わるが,その後,各山鉾は,それぞれの本拠の場所に戻って解体される。多くの大きな鉾は,四条通周辺に戻るのであるが,この戻りで通るのが新町通である。新町通の東西にある御池通や堀川通は広いが,新町通は,とても狭い。車でも一方通行である。さらに電信柱があって,長刀鉾や函谷鉾が通るにはぎりぎりの幅しかない。新町通に面した家々では二階から山鉾が目の前を通るのを見るわけである。道の端にいても巨大な鉾を間近で見ることができ,迫力を感じる。

 この後,京都文化博物館のフィルムシアターで特別上映されている映画『祇園祭』を観た。これは1968年の松竹の山内鉄也監督作品である。室町時代末に中断されていた祇園祭を京都町衆が再興するという時代劇である。主演は,36歳の中村錦之助,27歳の岩下志麻,それに田村高廣,志村喬,田中邦衛,小沢栄太郎,三船敏郎らが主要な役割で出演し,さらに渥美清,美空ひばり,伊藤雄之助,中村賀津雄らも登場する。場内は満員で,観客は,これらの俳優の見分けが付く60歳代が中心である。西口克己の小説の映画化作品で今からみれば,おそろしく図式的で,上映されない理由がよくわかった。

Gion_mikoshi  夕方は,八坂神社で,この祭りの本来の中心である神輿渡御を拝見。

 

山鉾巡行もそうだが神輿も待ち時間が長い。祭りとは待つことらしい。


2013年4月12日 (金)

「なんだかなあ」の新渋谷駅

 渋谷駅を通って東横線に乗った。やがては慣れなくてはならないのだろうが,腹立たしい気分になる。

 これまでは,地下鉄銀座線で渋谷駅に降り,後方または真ん中の改札口を出て階段を下りて東横線の改札口からターミナルのホームに向かった。かかる時間は,数十秒である。今は,東横線のホームは地下5階にあるので,地上3階にある銀座線からは8回分降りなければならない。そのようなことは出来かねるので,あらかじめ表参道で銀座線から半蔵門線に乗り換えて,地下3階の渋谷駅に到着。ホームの中間に地下4階に行くエスカレータがあるらしいのだが,後方のほうが東横線のホームに近いと思いこんでいるので,後方の上りのエスカレータで地下2階に行ってしまった。ここから3階分を下がらなければならない。

 

Shibuyaeki_2  そしてようやく東横線ホームに到達するのであるが,ホームの幅が狭い。東横線は,各駅停車,急行,特急が順に来るので,それぞれを待つ人が並んでいて,階段部分も邪魔になりホームを歩くことが難しい。

 この不快な駅から早く逃れたいので,来た電車に乗ってしまう。

 新渋谷駅は,安藤忠雄氏の設計で卵型の宇宙船が地下に浮かぶイメージ「地宙船」なのだそうだ。地下にあるのだから外側が卵形をしていたって誰にもわからない。建築家のコンセプトに振り回されて,わかりにくい混乱した駅になってしまった。

 今までの渋谷駅がわかりにくいという意見を信じている人が多いが,かつて宮脇俊三氏が『時刻表昭和史』などで繰り返し述べているように,渋谷駅は立体的によく工夫された,乗り換えのしやすい駅である。四つの路線がありながら,井の頭線と東横線の乗り換え以外は,それほど長い距離を歩かなくて済んだ。通勤客には大事なことである。それに,地下鉄がビルの3階に入っていくのがよい。空中を行くこの部分にいつも小さな感動を覚えている。

 今,行われている渋谷駅の改造計画は,通勤客の利便性を考慮しない方向で進められている。それどころか,渋谷を通過駅にしたいらしい。東横線沿線からは,道玄坂やセンター街方面には行くなと行っているようなものである。まもなく銀座線のホームも表参道側に移動するようだが,やはり駅の西側からは遠くなる。

渋谷駅は,悪い方へ悪い方へと向かっているように見える。


2012年7月 8日 (日)

雨の大糸線

北陸からの帰り,大糸線に初めて乗った。北陸線の糸魚川の駅では,大糸線の乗り場は4番線となっている。ところが駅舎側が1番線で,島式ホームが2,3番となっていて戸惑うが,島式ホームの先に4番ホームがあり,小型のジーゼルカーがぽつっと停まっている。

 雨が降っているのだが,ディーゼルカーまでの間のホームの屋根は,鉄骨だけになっている。乗客は7,8名ほど,地元の方はほとんどいない。

 今年2月に,雪の中を走る大糸線に乗ろうと思った。ところが豪雪になった一月から,ずっと南小谷と糸魚川間が運休になっていた。大糸線の中でこの区間だけがJR西日本の営業区間で電化されていない。事故があったわけではなく,危険だから止めていたらしい。三年後に北陸新幹線が金沢まで開通すると,南小谷・糸魚川間は存続が危ういようだ,

 駅を出てから左に寄っていき,さらに大きく左に曲がり,直ぐに日本海に注ぐ姫川と並行し始める。あっという間に山中となった。大糸線の他に千国街道が通っている。姫川はさほど大きな川ではないが,豪雨となると怖そうな川である。やや高い位置を鉄道と道路がお互いを牽制しながら走っている。両岸に無理をしながら線路を通していったことがよくわかる。問題は,落石や土砂崩れ,それに雪崩であり,トンネルやシェードばかりである。

Ooito  降りしきる雨の中,深山幽谷を地形に沿ってゆっくり登っていく。南小谷までの35キロを走るのにちょうど1時間かかったが,満足した。

 南小谷からは,仁科盆地である。昔,何度か来たことのある青木湖を久しぶりに見た。


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