2017年9月15日 (金)

鉄道からの風景と温泉津温泉

 日本の風景は,平均すればそれほど美しいとは思わないが,鉄道の車窓から景色を眺めるのは好きだ。

 ずっと昔,小学生の頃,当時の国電の座席で窓側に向かって膝をつき,外を眺めるのは今はない光景となった。あの頃の子は,風景を眺めるのが本当に好きだったのだろうか。それとも習慣だったのか。

 東京近郊の鉄道の中で,東海道線など比較的長距離の電車や京浜急行の特急もでは,一部にボックス席があり,進行方向に向かって外を見ることができる。あるいは,ホームライナーなどでは,二人がけのシートである。関西では,近郊車両や地下鉄を除き,関東よりも不愉快なロングシート車両は少なく,二人がけ席が多いように思う。電車文化の差は大きい。

 さて,ボックス席や二人がけ席で進行方向窓側に座ることができたら,窓の外を眺める。新幹線の指定席では,必ずE席を選ぶ,E席からは丹沢,富士山,浜名湖,伊吹山,比良を見ることができるからだ。海も見えないA席とは大違いである。東北新幹線もよい。山陽新幹線はじめその他の新幹線では,トンネルや高い隔壁がばかりで,本を読むしかない。

 先日,山陰線で京都から松江まで行った。特急列車,2両編成ディーゼルカー,単行のディーゼルカーを乗り継いでたいそう時間がかかる。京都の街中はあっという間で,嵯峨嵐山から城崎温泉までは,山中で,時々市街や集落が現れるが,樹木の生い茂る中を進んでいくだけである。日本海側に達すると,時々,海が見えるようになる。全体として単調であり,しかも雨が降っていたが,それほど退屈ではなかった。

 翌日,用事を済ませた後,一畑電車で出雲市駅へと向かった。松江に来るたびに,一畑電車に乗る。2両編成の電車に始発駅では50人ほどの乗客がいる。いつも子供のように先頭の運転席の直ぐ後ろに座る。ロングシートであるのは不満であるが,宍道湖の湖畔を走るので,やはり風景を眺めるのに忙しい。

Yunotsu  松江から西に特急で1時間ほどのところに温泉津温泉がある。かなり前にこの温泉のことをきいていたが,これまで,行く機会がなかった。東京から行くのはかなり難しい位置にある。ただ,温泉の評価は非常に高い。あらかじめ宿を予約していたが,あまり,期待はしていなかった。一人客を泊めてくれるのはありがたいが,きっと古いタイプの旅館だろうと思っていた。しかし,建物は改築したらしく内装や設備は整い,応対も今風だった。

 旅館のすぐ前に木造三階建ての薬師湯という源泉そのままという外湯があり,あまり長く浸からないほうが良いと言われて,おそるおそる狭い湯船に入ってみた。何だか重い感じがした。この建物の三階に展望所があり,温泉津温泉全体を見渡すことができる。山に挟まれた狭い土地の両側に温泉宿があり,真ん中に,車のすれ違うのに工夫の要る細い道が通っているだけである。そこからは見えないが,温泉津の港は,石見銀山で採掘された銀の積出港なので,温泉津温泉も石見銀山の世界遺産認定の恩恵を多少はうけているのだろう。

Sanin  次の日,温泉津からさらに山陰本線を西に益田まで行った。鉄道は,海から少し高い箇所を走っているので,日本海が水平線までよく見通すことができ,岬にはさまれた集落ごしにも海を見ることができて,大層,うれしかった。

 益田からは,山口線で新山口まで向かった。単行のキハ40 2072と2042なのであるが,どういうわけか乗客が多く,観光客が大部分なので,津和野で全員降りるかと思ったらそんなことはなかった。途中,蒸気機関車に牽かれた観光列車とすれ違ったりするのだが,あまりに変化の乏しい平凡な景色に辟易した。


2017年8月20日 (日)

書店が消えたりできたり

 三田通りの赤羽橋に向かう左側は,道幅が拡張されてから長い間,あまり商店はなかったが,自転車や眼鏡屋など,最近,店ができはじめている。長い間あった24時間スーパーが,閉店に追い込まれたのは残念である。
Shotenmita  三田国際ビルの手前にあったチェーンのカフェ店舗が閉店していた。奥に広く喫煙席があるがそこは空いていて,手前の禁煙席は混んでいたが,見直しすることもなく消え去った。そこが,改装中で,カフェの看板が取り外され,書店の看板がかかっていた。ここに新しく書店が開店するのかと驚いた。しかし,そうではなく,このカフェの前にあった書店の看板が残っていただけであることがわかった。結局は,ピザの店になるらしい。いまどき,街中に新しい本屋ができると期待するほうが間違っている。
 銀座コアの6階にあったブックファーストは2017年3月に閉店になった。2003年からだったが,その前も本屋だった。一方,4月開店のギンザシックスの6階に蔦屋書店が開店した。随分広いスペースであるが,テーマは「アート」に限定,歌舞伎も落語もあるものの,スターバックスもあって既視感が強い。人は多いが,そんなに本を買う客が多いとは思えず,いつまで続くことができるのか。
 渋谷には,新しい書店ができた。
 スクランブル交差点を何事もなく渡り,渋谷西武の前を通り,公園通り入口も横断歩道を渡ったところに丸井がリニューアルしてできた「渋谷モディ」というビルがあり,この中にHMV&BOOKS TOKYOがある。昨年末にオープンしたらしい。
 5階から7階までのフロアの一部を占めている。5階には,日本と世界の文学や旅行本,音楽や映画,それに美術の本が並んでいる。世界文学は充実しており,作家別に排架され,例えば,ベルンハルト・シュリンクなら,クレストブックの『朗読者』,新潮文庫版が同じ箇所にあり,さらに,DVDのスティーブン・ダルドリー監督の『愛を読むひと』が隣にあるといった具合である。要するに形態やメディアにこだわらず,著者別,著作別に排列している。HMVであるから,音楽のコーナーはDVD,音楽ではCDが並んでいる。
 渋谷からは,大盛堂書店が実質的に消え,東急のビルにあった三省堂書店,紀伊國屋書店がなくなった。一方,少し遠いが,東急本店の中の丸善&ジュンク堂書店は健在である。地下鉄半蔵門線渋谷駅から上がった今でも第一勧銀共同ビルというビルの地下の二階分のフロアにあった,ブックファーストが今年7月に閉店した。ブックファーストの前には旭屋書店があったところである。
 ブックファーストは阪急から離れ,トーハンの子会社となったが,撤退が続く。


2017年7月31日 (月)

祇園祭山鉾巡行後祭と還幸祭

 朝早くの新幹線で京都へ行った。地下鉄に乗り換え,御池の駅から地上に上がるとちょうど,先頭の「橋弁慶山」が動き始めたところだった。
 祇園祭の山鉾巡行は,50年ほど前までは,前祭と後祭に分かれていたが,交通混雑のため,合同となっていたが,2014年からまた,前祭とは別に後祭が一週間後に別に行われるようになった。交通などより観光が優先されるようになったのだろう。
 前祭は,長刀鉾を先頭に四条烏丸方向から四条通,河原町通,御池通,新町通とまわっていくが,籤改めの場所は,四条寺町の御旅所の手前にある。いつもここで見物しているが,今年は来ることができなかった。
 後祭は,山鉾は御池通,河原町通,四条通と逆にまわるらしいが,籤改めの場所がよくわからない。地下鉄御池駅で貰った巡行の地図で示されているあたりまで歩いて行った。ようやく京都市役所前であることが判明した。前祭では,御池通に有料観覧席が設けられるが,後祭は,まだ知名度が低いためなのだろう,観覧席は設けられず,観光客は道の両端にせいぜい二列程度で待機しているだけである。観客数は圧倒的に少ない。外国人は多い。曇っているので,それほど暑くはないのが助かる。
 山鉾の速度は,おそろしくのろい。後祭の先頭で籤をとらない「橋弁慶山」については,たまたま読んだばかりの中村理聖『若葉の宿』集英社,2017. 237p.)の主人公が橋弁慶町にある小さな旅館の娘で,「橋弁慶山」も出てくる。この小説は,引っ込み思案の22歳の娘が,京都の有名老舗旅館の仲居として勤めるうちに,その旅館のトラブルを知ることとなり,自分の家の旅館をやっていこうという気になるという内容であり,登場人物の造形はまだまだであるが,続編は読みたい。
 二番目の「北観音山」は,山ではなく鉾である。三番目が「鯉山」で,少し前にNHK BSで,この「鯉山」に飾られたタペストリの由来を取り上げていた。16世紀にベルギーのブリュッセルで製作されたタペストリを切ってつなぎ合わせたもので,画題はなんとトロイ戦争のプリアモスだという。時空のかけ離れ方に驚く。ただ,残念なことに,正使が,緊張したのだろうか,籤札を落してしまった。初老の方であるが,奉行との距離が開きすぎていて,落としそうな予感がした。
Atomaturi2017  用事があったので,御池の方に向かい,最後に位置する大船鉾を見上げた。後祭復活に際して,新しく作られた。以前,宵山でみた時より,小ぶりで細い感じだった。NHKBSの中では,大船鉾の製作も扱われていた。他の鉾とは違った形であり,大勢が乗り込むので重心は高いし,辻回しはあるしで,設計のご苦労がしのばれる。
 寺町通りをやってくる花笠巡行を少しだけ観た。
 夜は,「還幸祭」があり,御旅所を出た三基の御神輿が市内を回るのであるが,これも時間がかかる,ようやく,大丸の裏の錦小路通をやってきた「西御座」に出会った。「錦」と染め抜いた法被を着た百人以上の男衆は,どういった人たちなのかといつも思う。


2017年1月 2日 (月)

東京から見た元日の富士山

Fuji20160101  元日,歩いていたら,富士山が見えた。意外に大きくはっきり見えた。

 ビルの上からではなくこうした地面のレベルから見えるのが不思議だった。昔は,町中のあちこちからこのように見えたのだろう。前のほうに進んでいくと見えなくなる。

 ただ,この場所から見ることができるのは今年限りである。


2016年11月18日 (金)

今年はきれいな外苑の銀杏並木

 毎年,11月23日には東京神宮外苑の秩父宮ラグビー場でラグビーの早慶戦がある。欠かさずと言うほどではないけれど,観戦に行っている。メインスタンドからはバックスタンドの向こうに外苑の銀杏並木の先端が見えて,美しく色づいている。ところが最近は,色づくのが遅くなり,綠のままであることも多かった。

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 今年は,寒波の襲来が早かったためかもしれないが,早くから黄色になり,四列ある銀杏並木の半分ほどは,桜で言えば見頃になっている(左)。ここ数年より,半月ほど早い。また,昨年は,2月に銀杏並木の枝を大量に伐採したこともあり,見られたものではなかった(真ん中)。

 朝早くから観光客が来ているのであるが(右),この9割は,中国からの方々である。

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 さて,この銀杏並木の向こうには絵画館がある。その広場前の看板に貼り紙があった。今日,つまり11月18日から予定されていた「第20回神宮外苑いちょう祭り」の開催中止のお知らせである。あんなことの後であり中止は当然のことであるが,できれば,こうした屋台が建ち並ぶだけのイベントは,今後も止めてほしい。


2014年7月25日 (金)

台風の時,箱根へ行く

 2014年7月,台風が来つつある時,箱根の温泉に行った。

 新宿から乗った小田急のロマンスカーは空いていた。ところが,近くに多分70歳を過ぎた老人達の集団がいた。同窓生の集団らしかった。途中から乗ってくる仲間が無事に乗車できるかどうかをいつまでも議論したり,一人がタブレット端末にダウンロードしてある絶叫県議の釈明会見を大きな音声入りで何度も流したり,うるさい。そのうちに話の内容は,そこにいない人々の噂へと移っていった。「鈴木はどうしている」,「田中は」といった会話であるが,「去年死んだ」とか,「癌で入院している」ということで,座は静かになっていった。しかし,たちまち気を取り直し,話題は今晩の宴会の後はどうするといった元気なほうに向かっていった。

 箱根湯本で,停車していた箱根登山鉄道の強羅行きに乗った。車内は,ほぼ満員だった。ここで聞こえてくるのは中国語ばかりである。ロープウェーは止まっているが大丈夫なのか。平日の箱根は中国からの観光客に占拠されているという話は本当らしい。

Oohiradai  二駅目の大平台で降りる。あじさいは6月かと思っていたが,今が盛りである。大平台の駅は,スイッチバックの駅で,列車が交換する。国道から少し下がった場所にあり,あじさいに囲まれた静かな大平台の駅は気に入っている駅の一つである。

 駅からおぼろげな記憶を頼りに坂道を登っていき,店で買い物をしていたら雨が降り出した。山の中腹にある宿のまわりはうっそうとした森であり,一晩,台風の激しい雨が音もなく降った。


2014年3月19日 (水)

北陸新幹線と飯山線

 2015年春に北陸新幹線の長野と金沢間が開業する。北陸本線に沿った路線なのだろうと漠然と思っていたが,長野からどのように日本海側に出るのかはよくわからなかった。調べると,飯山まで飯山線に沿い,そこから大きく向きを変えて,信越線を横切り,日本海に出ることがわかった。

Hokurikuhonsen3sha  新幹線ができると,JRは在来線を廃止するが,通常は,第三セクターが経営を引き継ぐ。北陸新幹線の場合は,飯山線はJRのままであるが,信越線の長野と直江津の間,北陸本線の直江津と金沢の間が廃止,引き継ぎに該当する区間である。

 ところが,これがえらく複雑なことになっていた。何と四社に分割されるのである。

 しなの鉄道(長野~妙高高原)
 えちごトキめき鉄道(妙高高原~市振)
 あいの風とやま鉄道(市振~富山~倶利伽羅)
 IRいしかわ鉄道株式会社(倶利伽羅~金沢)

 基本的に県別であり,県が出資する第三セクターなのでこうなったのだろう。既存の「しなの鉄道」以外は,それにしてもなあという鉄道名である。「えちごトキめき鉄道」の場合,路線名は「日本海ひすいライン」(直江津~市振),「妙高はねうまライン」(直江津~妙高高原)となる。公募で決めたことになっている。空元気というより,今はこういった名付けが流行なのでその通りにしましたという投げやりな感じが漂っている。

 以前から,景色がよいといわれる飯山線に乗ってみたかった。今回,信越線の直江津と長野間もJRから離れるので,乗っておこうと思った。どちらも日本有数の豪雪地帯であるので,時期としては2月か3月がよい。

 上越新幹線で長岡に行き,信越線で直江津周りで長野まで行った。信越線の柏崎から柿崎の間は,比較的長時間,海岸沿いを走る。日本海の暗い空の向こうから波が押し寄せてきて,断崖や滝がある。直江津で乗り換えて,長野行きの列車に乗る。四番目の駅の脇野田の近くに,北陸新幹線の「上越妙高」駅を建設中であるが,ほぼ完成している。ただ,この駅は,妙高市の北辺にあるが,妙高高原からはかなり遠い。沿線は,やはり積雪量が多い。直江津と長野の間は,高校生などの乗車時間ではなかったが,かなりの乗車率だった。

 翌日,長野から飯山線に乗った。二両編成のディーゼルカーである。長野付近はほとんど雪はないが,豊野を過ぎて,千曲川に沿うようになると,雪の量がすさまじくなる。雪の多い地帯では,道路は除雪され乾いているが,田畑や山には背丈以上の雪が積もっている。林の中の木々の間にも雪が降り積もっている。雪の壁の間を列車は走っていく。Iiyamasen

 長野駅でこの列車に,若手女性タレントとディレクター,カメラマン御一行が乗ってきた。車内の乗客ひとりひとりに取材しているようである。拒否的な態度が伝わったのか,番組の趣旨に合わない人間と判定されたのか,相手にされなかった。

 立ケ花駅から北飯山駅,戸狩野沢温泉から越後鹿渡まで千曲川を右岸に望む。見渡す限りの雪景色の中に千曲川の黒い流れが見える。単調ではあるが,時折,水鳥の雁行があったりして飽きなかった。


2014年2月27日 (木)

遷宮後の出雲大社に参詣

 

 東京に大雪の降った後,羽田から出雲空港行きに乗った。東京湾に出て,飛行機は大きく西へと向きを変えて,朝の光の中を西に向かった。たちまち,地上は白くなっていく。特に川の両岸,田畑は雪に覆われている。左に富士山を見て,手前に富士五湖,樹林がやはり白い,さらに甲府附近の上空に至ると広大な白い盆地となっている。道路や線路がうっすらと見える。大きな災害であることは確かである。

 出雲空港に着く前に中海を眺めることができるが,ダイハツのCMで知られるようになった「江島大橋』がはっきり見えた。空港から路線バスで出雲大社へ。やはり参拝客は多い。中年以上の男女が中心だが,玉造温泉から来たこのバスには二十歳代の女性が多い。話にきいていた通りである。

 内宮と外宮をはじめ主要社殿を全て建て替える伊勢神宮の式年遷宮とは違って,出雲大社の遷宮は,建て替えるのではなく,いったん神様を他に移して,屋根を葺き替えるなどの修造を行うことである。

Izumotaisha  来るときのバスの運転手が,車内で観光案内する際に,他の神社の「二拝二礼一拝」とは異なり出雲大社では「二拝四礼一拝」であることが強調していた。みな,そうしている。最近,神社での手水や参拝の説明をよく目にするが,神社本庁が広告代理店に頼んで密かにキャンペーンでもしているのだろうか。神様に参るのに「正式」な作法など不要である。それぞれが好きなように参ればよいのではないか。

 出雲大社には,神社以外の観光施設は少ない。廃線となった国鉄大社線の旧出雲大社駅まで歩いていった。出雲大社からかなり距離があるが,遠くから来た参詣客達は何とも思わず,歩いていったのだろう。今の参詣客は,出雲大社のすぐ近くにある駐車場にバスで来る。

 一畑電車に乗った。一畑電車は,いつも通り淡々と走っていく。川跡という駅で三方向から来た電車が集まり,乗り換えて,それぞれの行き先に行く。宍道湖の湖畔を通って一畑電車は松江に行く。

 鳥取行きの「まつかぜ」は自由席だったので,先頭車両の最前部に行ったら,前面展望できる席が空いていた。米子で運転士が交替した。乗ってきた運転士は女性だった。苗字が表示してある。Aさんである。多分30歳代前半だろう。車掌も女性だった。青信号に律儀に,女性らしい仕草で右手をあげて確認している。運転士の指さし確認の後,4,5秒経たないと信号が見えてこない。山陰特有の晴れたかと思ったら,雪のちらつく天気である。小刻みにワイパーを動かす。しかし,運転自体は,男性運転士と変わりはない。後で,今では多数の女性運転士がいることがわかった。新幹線には女性運転士が数十人いると聞いているが,新幹線の場合は乗っていても運転士はわからない。


2013年8月19日 (月)

気の毒なJR北海道

Hokkaidosinkansen  先日,新青森から函館に行く間に,新幹線の工事が進んでいるのを知った。木古内の駅の工事も進んでいた。北海道新幹線の新青森から新函館までは2015年開業である。新函館駅は札幌を目指すので,行き止まりの今の函館駅からはかなり離れた場所になる。

 札幌までの新幹線は,現在,特急が走っている室蘭線ではなく,ローカル線となっている長万部から倶知安,小樽を通るルートとなるらしい。

 2013年8月16日からの北海道の豪雨で函館線の八雲の付近でJR貨物の貨物列車が脱線した。ここで事故が起きると函館と札幌の鉄道は停まってしまう。この間を代替バスでつなぐことにして,JR北海道は臨時の特急を走らせ始めたが,今度は,18日に函館と八雲の間の森で運転士が線路の上で土砂崩れが起きているのを見つけて停車した。幸い事故にはならなかったが,さらに面倒なことになった。

 JR北海道では,「走行中の列車から出火・発煙するトラブルが、今年に入って7件も起きている」,そこで「国土交通省の指導を受け、JR北海道がJR東日本に車両の整備などについて教えを請う異例の技術協力が今月から始まった」(読売新聞,2013-08-12)とのことである。しかし,JR北海道を非難する気にはなれない。

 広くて人口の少なく,気候の厳しい北海道で,JR北海道は,大変苦戦している。車両の整備に費用をかけられないのだろう。ただ,点検のレベルが少し下がると故障が頻発するらしい。安全にかかわることであるので,ここに乏しい資源を集中しなければならない。JR東日本の教えなど本当は受けたくないだろうに。

 さらに不運なことに,今度は重要路線が無慈悲な豪雨に襲われてしまった。

 先月末,函館から札幌へ特急「スーパー北斗」で行った。前日に登別に集中豪雨があり,特急は終日運転されなかった。乗る列車は,札幌を朝早く出発する特急の折り返しだった。札幌は定刻に出たらしいが,登別付近で停車,徐行を繰り返し,函館到着は2時間以上遅れた。函館で車内清掃の後,札幌行きとなった特急に乗った。ほぼ,本来の速度で走った。しかし,出発時刻が2時間以上遅れているので,到着時刻も2時間数分の延着であり,せっかく頑張ったのに,特急券は払い戻しとなった。何だか気の毒であったが,払い戻しはしっかり貰った。


2013年8月14日 (水)

秋田内陸線に乗る

 秋田県に「秋田内陸縦貫鉄道」(地元では「内陸線」)という路線があり,以前から乗りたいと思っていたが,なかなか機会が得られなかった。鷹ノ巣と角館の間38キロであるが,秋田新幹線で角館まで行けばよいし,鷹ノ巣の近くの大館能代空港があるというものの,行くのはなかなか厄介である。

 奥羽本線を鷹ノ巣で降り,内陸線の各駅停車に乗った。運行本数は少なく,各駅停車では,2時間半ほどかかる。終始,乗客は7,8名程度であるが,全線を乗るのは,鉄道マニアの三人だった。それでも,途中の乗り降りがある。老人ばかりというわけでもない。途中で女性のアテンダントが乗車してきて,音声案内や車内販売をする。

Nairiku  鷹ノ巣を出たディーゼルカー1両は,まもなく阿仁川に沿って上流に向かう。駅間距離は短い。線路の両側には杉が植えられ,両側の山も全て秋田杉である。この辺りで山主だったら杉を植えるしかないだろうなと思う。中間の阿仁合駅で乗り換えなければならない。分水嶺を長いトンネルで越え,今度は別の川に沿って下り,田沢湖の近くを通り,角館に至る。全部で29駅,2時間半かかった。

 大変な満足感を得られた。後で調べているうちに,鉄道旅行の先達宮脇俊三氏が,『時刻表ひとり旅』の中で,(阿仁合線は)「もっともローカル色の濃い線だと私は思う」と述べていた。最初に乗った時に同乗した女子高生の美人度が高かったことが影響しているふりをしているが,それだけではない。あまり沿線人口が多くはない中を走る,純正ローカル線らしい風情がある。平凡な山里を淡々と走っている。

 今後の存続は難しいようである。観光で印象付けようと,イメージキャラクターがあり,駅ごとにスローガンがあり,鉄橋などの名所での徐行,そして稲にイラストをあしらった「たんぼアート」などがある。

 『あまちゃん』もそうだが,鉄道による地域振興計画,あるいは,「乗って残そう」という運動,さらに観光鉄道化ということは,第三セクターのローカル線ではどこでも行っている。しかし,玄関から玄関までいつでも移動できる車に対し,時間に合わせて駅まで行かなければならない鉄道は圧倒的に不利である。すれ違いのために15分ほど停まった駅で,駅の周囲を歩いた。ホームの待合室を,近くの小学生が掃除をしているという記事が張ってあった。その中に「まだ,一度も内陸線に乗ったことのない小学生も」と書かれていた。

 私のような,乗るだけの客が激増すればよいのだろう。しかし,鉄道好きが増えているらしいが,あまり有名でないローカル線に乗っている鉄道ファンはあまり多くない。


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