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2014年9月20日 (土)

「選ばなかった道」と「分去れの 片への道」

 書店のカウンターでたまたま手に入れた岩波書店の『本』(2014年9月号)に載っていた川本皓嗣氏の「詩人フロストとオバマ大統領」を読んだ。

 川本氏は,2014年4月24日にオバマ大統領を迎えた宮中晩餐会に招待された。皇族,政治家,経済界の人々が中心で,自分は数少ない「学者・文化人」枠のようだった。食事の前に,侍従から懇談の際にオバマ大統領と話をして欲しいと頼まれた。食事の後,大統領の近くに行くよう促された。

侍従らしき方が大統領に,東大名誉教授(比較文学)と私を紹介してくださった。「何を研究しているか」と大統領に訊ねられたので,「アメリカ,イギリス,フランス,日本,そして少々中国の詩」と申し上げると,「そう,世の中には政治や金なんかとは別に,大事なことがたくさんある」,という旨のことを言われた。(中略)ところで,アメリカの詩人で誰がえらいと思うか」と訊ねられた。とっさにフロストの名を忘れて,「ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ,ウォーレス・スティーヴンズ,エミリー・ディキンソン」,それから家内に確かめて,「ロパ-トー・フロスト」とお答えした。 

驚いたことに,オパマさんはすぐ「その中ではディキンソンが最高だ」と断言された。私は全く同感だと答え,その上で,「フロストはいつも低く見られる傾向があるが,実は」と言いかけると,オバマさんは「そう,たいへん人気があるし,詩もやさしそうに見えるので,軽視されがちだが,その言葉をじっくり読み味わうと,表現は絶妙だし,意味は深く,かなり難解だ」と力をこめて話された(正確な英語を忘れたので,要旨のみ)。

Theroadnottaken  「フロストという,いろんな偏見にも包まれた容易ならぬ詩人について,現大統領がずばりと的を射た批評を下されたので」ただただ驚嘆した川本氏は,フロストの「選ばなかった道(The Road Not Taken)」について読者に説明する。「あえて人の行かない方を選ぶべきだ」という一般的な理解の仕方を否定し,「これはむしろ,そもそも人生のあらゆる局面に分かれ道があり,人はそのどちらか一方を選ばざるを得ないこと,そして自分もやむなく一方を選んでしまったことに対する無念さの表明ではないか。そうだとすれば,これこそは,無数に枝分かれしてつねに二者択一を迫る人生の道に対して,誰もが抱く根源的な不安や心残りを仄めか」していると述べている。

 川本氏は,オバマ大統領が「フロストを論じる口ぶりは,大多数の読者とは異なっていて,それは,フロストをじかに熟読したこと」を感じ取り,「現役の大統領でありながら,明らかにアメリカの知的少数派に属している」ことに驚愕した。

 さらに,川本氏は,皇后陛下が,出席できなかった国際児童図書評議会の1998年ニューデリー大会に寄せたビデオ講演の中でフロストの八行詩を朗読なさっていることを紹介している。

 このエッセイを読んでいて,「選ばなかった道」に言及があったとき,皇后陛下の御歌集『瀬音』(大東出版社,2007)に載っている2005年に詠まれた有名な

   かの時に 我がとらざりし分去(わかさ)れの 片への道はいづこ行きけむ

を思い浮かべるのは自然である。

 川本氏がオバマ大統領を「アメリカの知的少数派」と評した後で皇后陛下について述べているのは,何かを言いたかったからである。おっしゃりたいことに同感である。
 


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2014年9月16日 (火)

文楽の『不破留寿之太夫』は「フォルスタッフ」

 国立劇場小劇場でで2014年9月の文楽『不破留寿之太夫』を観た。『双蝶々曲輪日記』の通しを観たいと思っていたが,腰を痛めた身には4時間は辛く,80分の『不破留寿之太夫』観劇となった。

 ちらしには,

『不破留寿之太夫』はシェイクスピア作『ヘンリー四世』や『ウィンザーの陽気な女房たち』に登場する巨漢のか調子者・フォルスタッフを主人公とした文楽の新作です。監修・作曲を鶴澤清治,脚本を河合祥一郎,美術を石井みつるがそれぞれ担いこれまでにないスケールの新作に挑みます。酒飲みで好色な不破留寿之太夫(フォルスタッフ)は主君春若(ハル王子)と遊興三昧です。

と書かれている。

Farusunotaifu  もちろん,鶴澤清治の他,豊竹英大夫,豊竹呂勢大夫,桐竹勘十郎,吉田和生という豪華メンバーである。

 前奏が始まり,舞台には大木があり,それは桜の木で,不破留寿之太夫が酔ってその幹に寝そべっている。目先の快楽しか考えないず,小狡いフォルスタッフが騒動を引き起こす。琴や胡弓ばかりでなく文楽の楽器が総動員され,台詞も良く聞くと皮肉混じりで面白い。しかも最後に単なるドタバタの喜劇ではないことがわかる。

 「グリーンスリーブス」の調べに乗って退場していく不破留寿之太夫(桐竹勘十郎)に対して,観客から自然に大きな拍手が起きた。

 文楽協会は,この程度の新作は,苦もなく作ることができるということなのだろう。

 この作品は,テニスのようなところを頑張るのもよいけれど,不破留寿之太夫の人物像をしっかり作り上げれば,さらによいものになるのではないかと思われる。それに,初心者を文楽に惹き付けるのに適しているから,しょっちゅう上演したらよいのではないか。


2014年9月14日 (日)

『沈みゆく帝国:スティーブ・ジョブズ亡きあと、アップルは偉大な企業でいられるのか』

Shizumiyuku  ケイン岩谷ゆかり『沈みゆく帝国:スティーブ・ジョブズ亡きあと、アップルは偉大な企業でいられるのか』(井口耕二訳.日経BP社,2014.538p.)は,分厚い本だが一気に読んだ。原書の発売時,アマゾンのカスターマーレビューには★一つが並んだというが,「輝きが失われた」ということばが繰り返されるのがアップル関係者やアップルファンには耐え難かったのだろう。日本ではさすがに高評価のレビューが多い。

 スティーブ・ジョブズの君臨していた時のこと,siriやマップの失敗,それに税金逃れについてはすでに読んだことがあって知っていたが,アップル社内での人事の暗闘,中国のフォックスコン,サムスンとの訴訟の詳細,なぜ電子書籍がうまくいかないかなど初めて知ることも多かった。

 下請けフォックスコンのことは,後藤直義, 森川潤『アップル帝国の正体』(文藝春秋,2013. 212p.)で明らかにされている,冷酷に尊大に日本の製品提供企業を扱うアップルの姿と符合する。

 ちょうど,アップルの2014年9月9日の製品発表があり,この本の主役のティム・クックの姿を見ることができた。ただ,時計やアイフォン6については事前にかなり明らかになっていたので,それほど意外性はなかった。

 新製品を入手しようとして,いつものようにアップルの販売店の前に並ぶ人たちがいるのでアメリカでも日本でもアップルファンは,元気でいるらしい。でも,果たして東京の電車の中でアップルウォッチをつけた人を見かけることになるのだろうか。

 『沈みゆく帝国』では,台湾の元アップルの製品提供企業の大物がこう語ったと書かれている。 

アジアのサプライヤー業界でよく聞かれることなのだが,彼も,アップルのマネージャーが使う汚い言葉が不快だと言っていた。そういう侮辱やストレスをがまんするに値するほど,仕事の報酬は大きくないというのだ。

 おそらくアップル社員は,対取引先だけでなく社内でも「汚い言葉」を使っているのだろう。そうした社内文化なのだろうきっと。


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