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2014年7月25日 (金)

台風の時,箱根へ行く

 2014年7月,台風が来つつある時,箱根の温泉に行った。

 新宿から乗った小田急のロマンスカーは空いていた。ところが,近くに多分70歳を過ぎた老人達の集団がいた。同窓生の集団らしかった。途中から乗ってくる仲間が無事に乗車できるかどうかをいつまでも議論したり,一人がタブレット端末にダウンロードしてある絶叫県議の釈明会見を大きな音声入りで何度も流したり,うるさい。そのうちに話の内容は,そこにいない人々の噂へと移っていった。「鈴木はどうしている」,「田中は」といった会話であるが,「去年死んだ」とか,「癌で入院している」ということで,座は静かになっていった。しかし,たちまち気を取り直し,話題は今晩の宴会の後はどうするといった元気なほうに向かっていった。

 箱根湯本で,停車していた箱根登山鉄道の強羅行きに乗った。車内は,ほぼ満員だった。ここで聞こえてくるのは中国語ばかりである。ロープウェーは止まっているが大丈夫なのか。平日の箱根は中国からの観光客に占拠されているという話は本当らしい。

Oohiradai  二駅目の大平台で降りる。あじさいは6月かと思っていたが,今が盛りである。大平台の駅は,スイッチバックの駅で,列車が交換する。国道から少し下がった場所にあり,あじさいに囲まれた静かな大平台の駅は気に入っている駅の一つである。

 駅からおぼろげな記憶を頼りに坂道を登っていき,店で買い物をしていたら雨が降り出した。山の中腹にある宿のまわりはうっそうとした森であり,一晩,台風の激しい雨が音もなく降った。


2014年7月24日 (木)

白蓮に荒らされる『花子とアン』

Hanako  NHKの連続テレビ小説『花子とアン』は,前回のに比べればよく観ていると言える。吉高由里子と黒木華は,戦前の姿をしても違和感なく映えている。前半の東洋英和時代は,よかった。しかし,仲間由紀恵が,女学生役で出てきたのは驚いた。今は,この役は大物であることがわかっているが,最初は,若手ではあるまいし,何故,こうした端役で出演するのかと思った。

 ただ,花子が就職して以来,白蓮の出番が多くなるにつれて退屈になってきた。一時のことだろうが,勧善懲悪の通用しない事実に引きずられたどろどろとした話ばかりとなっている。このドラマでは,山梨のことばなのだろうか「こびっと」という語を流行らせたいようで,毎回「こびっと」を含む台詞があるが,「じぇじぇ」のようにはいかない。このあたりが象徴的である。

 昨年9月から今年3月までBSで再放送されていた『ちりとてちん』を欠かさず観ていた。正確には,旅行先の旅館でBSが入らず,見逃した回が2,3度ある。『ちりとてちん』は,毎回,感情を揺すぶるドラマだった。そして,意外な結末となった。毎日,この時間にはツイッターのトレンドで『ちりとてちん』が登場していたほど,熱狂的ファンが多く,そのおかげで,忘れていた,また気付かなかった細部や伏線を知ることにもなった。

 その後の再放送は,今の『カーネーション』である。『ちりとてちん』ほどではないがまあよく観ている。『ちりとてちん』の貫地谷しほり,和久井映見と同様,尾野真千子の撮り方が丁寧である。

 BSでの再放送は多分,来年だと思うが,『あまちゃん』も全部観たいと思う。そして,ツイッターは活況を呈することだろう。


2014年7月12日 (土)

『紙つなげ!』のもう一つの側面

Kamitsunage 佐々涼子『紙つなげ彼らが本の紙を造っている : 再生・日本製紙石巻工場』(早川書房,2014. 267p.)は,何だか舌足らずな書名であるが,副題を見たときから,タイアップ企画なのだろうと思った。

石巻で存在感のある巨大な製紙工場が津波によって壊滅に近いまでの被害を受けてしまう。工場内に流れ着いた民家の除去,瓦礫の排除,そして,抄紙機の電気設備,ボイラー,タービンを半年で復旧させるまでの数々のエピソードが語られていき,抄紙機が動き出す瞬間は感動的である。さらに,日本製紙石巻野球部員たちの葛藤も巧みに説明されている。

けれども,この本で,さりげなく加えられている被災地の現実の姿が興味深い。一つは,自分は助かったが,他の人々を救えなかったが,あるいはもっと大勢の人々を救えなかったかと誰もが自責する点である。

もう一つは,取材された人々が出会った心ない行為の数々である。具体的には,停電の被災地では,夜になるとゴルフクラブなどを持った窃盗団が徘徊し,宝飾店をはじめ商店を襲っていた,また,駐車している車から無断でガソリンを抜き取る近所の人々がいた。さらには,真面目なものもある一方,住民からは助成金目当てとしかみえない多くのNPOがコンサルテーションに来て引っかき回して去って行った。

エピローグは,絆を強調した再生の感動物語ではなく,苦い現実を突きつけたままになっている。


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