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2011年8月28日 (日)

3月11日の首都圏のJR東日本の非情な対応は忘れない

  3月11日の首都圏の帰宅難民のことは,さほど語られないままになっている。確かに津波や原発による被害のことに比べればたいしたことではない。それに記憶も薄れていく。

 しかし,あの日,自分が家に帰るには,歩くしかないとわかり,孤独に決断した。夜となり,雨もふりそうで寒い風も吹く中を,黙々と歩いた記憶は残る。

 歩き始めた最初の頃は,JR東日本への怒りで一杯だった。地震の後,駅の構内にいたのだが,しばらくして,ロープを持った駅員が大勢現れて,乗客を駅から外に追い出し,出入り口にロープを張って,見張りを付けて構内に誰も入れないようにした。さらにその後,本日は運転しないと怒鳴り始めた。抗議をする乗客たちを,愚かにも公民館に出来た避難所に誘導しようとした。明らかにJR東日本の職員たちはどうかしていた。

 帰宅しようとする人々がひっきりなしに駅にやってくること,電車を止めれば大勢の帰宅困難者が出ることがわかっていながら,JR東日本は,構内から人々を追い出す一方,小成った乗客たちのために運転しようとする努力をしなかった。

 このことは大問題であったのだが,その後に大きな事件が頻発したので,少しも取り上げられなかった。皮肉にも,これまで一度も投票する気にならなかった石原都知事がこのことをしつこくJR東日本に抗議したようで,ようやく6月20日になってJR東日本社長が都知事に謝罪しに行った。

 『読売新聞』の「よみうり寸評」(2011年6月21日)は,

大震災発生の3・11,東京で多数の帰宅困難者が出た際,JR東日本の対応は極めて問題だった◆駅舎のシャッターを下ろして乗客を寒空に閉め出したり,早々と終日運転中止を決めたり,私鉄や地下鉄のがんばりと比べてもどうかと思える対応だった◆きのう,JR東日本の清野智社長が石原都知事に謝罪した。都知事のJR批判と抗議は「その通りだ」と思う。
と述べている。

 しかし,JR東日本は,うるさい都知事には謝罪したが,乗客には謝罪をしていない。JR東日本のサイトのどこにも謝罪のことばはない。このような事態が起きたとき,おそらく他のJR各社の対応は,JR東日本のマニュアル対応とは異なるのではないだろうか。

 JR東日本の体質が透けて見えるできごとだった。今回,いざという時に頼りにならないことがよくわかったのは却ってよいことかもしれない。


2011年8月27日 (土)

首都圏帰宅難民は9万人だったと信じる新聞記者がいる

 先日(2011年8月16日)の『朝日新聞』夕刊第一面に「帰宅困難者、水路に活路 都、船着き場開放を検討」(羽賀和紀、宮嶋加菜子)という記事が載っている。このリード部分に「東日本大震災で9万人を超す帰宅困難者が出た東京で」と書かれていて驚いた。

 帰宅難民をどう定義するかによるが,この9万人というのは,「首都圏白書」というもので首都圏の施設から報告のあった宿泊者数を足し合わせた数字である。現実の帰宅難民とは全く異なっている。

 三菱総合研究所の「東日本大震災における首都圏の帰宅困難状況を踏まえた今後の帰宅困難者対策のあり方」(2011年6月13日)では,「帰宅困難者を帰宅断念者及び遠距離徒歩帰宅者とし」,当日の帰宅困難者数を860万人と推定している。この数は大まかなものであるが,首都圏に住む者は,回りの人々の状況から数百万人の帰宅困難者がいたという実感はあるはずである。

iNanmin 帰宅する間にすれ違った黙々と歩く人達だけで何千人といた。夜中まで,道一杯に大勢の人達が歩いていた。

 「首都圏白書」の9万人は,極く限定した状況で把握された人数であるに過ぎない。
 そんなことは,誰でもわかっているのだと思っていたが,『朝日新聞』の記者やリードを書く人達は違うらしい。当日,どこで何をしていたのだろう。まわりに難民はいないらしい。

 このように想像力もないので,真面目に屋台船に帰宅難民を収容する計画などという疑問符の付く記事を大真面目に一面のトップ記事にするのである。
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