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2011年4月30日 (土)

あっという間に高まったフィリッパ・ミドルトン人気

 2011年4月29日に行われた英国のウィリアム王子の結婚式をテレビとユーストリームでずっと観ていて,新婦キャサリン・ミドルトンさんのお付きの女性は誰なのだろうと思った。そう思った人達は多くて,Maid of Honorというブライドメイド役は,花嫁の妹のフィリッパ・ミドルトン嬢であることがインターネットで直ぐわかった。

Lippam 通称ピッパさんが介添えの役の子供達とともに登場以来,ツイッターでの話題を独占してしまった。花嫁と同じデザイナーによる真っ白なシンプルなしかし長身に似合った服は,よく目立った結婚式で花嫁以外は白を着るのはタブーとされているそうであるが,もちろん,今回は,デザイナーも同じであり花嫁が同意したことなのだろう。英国のあるコラムニストは,ピッパにもカーテンから作った服を着せておけばこんな騒ぎにはならなかっただろうと言っている。

 英国では,そのファッションを褒める記事から始まり,「フィリッパ・ミドルトン嬢が注目をかっさらった」,「フィリッパ・ミドルトンは何者」というニュース記事がどんどん増えていった。

 画像検索して見付けたこれまでのリッパさんの写真は,色黒であり,服装も冴えない。ところが,この日は,フォトジェニックで,子供たちと手をつないでいても,ウェディングドレスの裾を持っていても,後ろ姿も気品と若々しさ,健康さが同居していて素晴らしかった。

 インターネット上には,リッパさんの写真を300枚集めたサイトがもう出来上がっているが,バルコニー上で,エジンバラ公やハリー王子と談笑している写真が何枚もある。リッパさんは27歳,エジンバラ大学出身,パーティ・プランナーで,元クリケット選手の恋人がいるとのことである。

 本当に,一日で世界中の話題の人になってしまったが,これは,ツイッターやフェイスブックの力が大きい。彼女の立ち位置は微妙だが,英国王室にとって,新しい王女の妹の人気が高まることは有り難いことなのかもしれない。


2011年4月 8日 (金)

地震の原因(1)

師匠:どうした。そんなに急いで。
弟子:お師匠さまぁ,地震の原因がおわかりになったって本当ですか。
師匠:うむ。まあな。
弟子:教えて下さいよう。お願いします。
師匠:教えてやらないわけでもないが,他言無用だぞ。
弟子:わかりました。それで,原因は。
師匠:相撲だ。大相撲。
弟子:えっ。相撲と地震はどう関係してるんですか。
師匠:おすもうさんは四股を踏んでいるが,あれは単なる準備体操ではない。深い意味がある。あれは,土の中にいる鬼どもの頭を押さえつける働きをしている。おすもうさんが四股を踏まないと,鬼どもが土の中で暴れだすんじゃ。
師匠:いいか。大相撲は八百長問題で三月場所がなくなった。そのため,鬼どもが跳梁跋扈したんだ。だから鬼を抑える大相撲は,国技なんだ。
弟子:でも。
師匠:どうした。
弟子:中止になった三月場所は,3月13日が初日でしたよ。それに大阪場所だったし。
師匠:細かいことを言うんじゃない。


2011年4月 4日 (月)

北里大学のサイトにみる三陸キャンパス救援活動

Kitasato2 北里大学のサイトにある「東日本大震災による本学の被災状況と対策」を思わず隅々まで読み,感動した。

 北里大学のキャンパスは,神奈川県相模原市と東京都港区が中心であるが,他にもあり,今回,津波の被害が大きかった岩手県大船渡市には海洋生命学部と大学院水産学研究科のある三陸キャンパスが置かれていた。

 35年前にここに行ったことがある。キャンパスは大船渡市の市内ではなく,大船渡と釜石の中間の半島の人里離れた場所にある。ただ,海岸際ではなく高台にあったため,津波の被害はなかった。しかし,地震後,通信も交通も途絶してしまった。

 北里大学は,港区白金の本部に災害対策本部を置き, 3月14日までに,基本方針を定めた。これは,学生全
員を現地の校舎に集め,チャータバスで首都圏に移送する,生活必要物資の補給を関係方面に逐次要請する,衛星電話で通信手段を確保する,というものだった。

 キャンパスには学生715名,院生42名,計757名が所属していたが,3月14日までの点呼で,40名が不確定(何らかの生存情報があるが,点呼に来ていない),未確認16名だった。また3月13日に相模原キャンパスで父兄向けの説明会を開催,安否確認情報をインターネットで発表。また,大型バスに医療チームと救援物資を載せ,通行許可証を取得して三陸に送った。バスは,三陸キャンパスにいた学生を乗せて戻った。

 3月23日の点呼では,学生数569名中,未確認は1名となった。

実際には,いろいろな齟齬もあったのだろうが,北里大学が総力をあげて学生の安全確保に努めたのがよくわかる。また,北里大学の中心は医療関係学部であり,同時に医療チームを大船渡市周辺の救護所に送ってもいる。
 大学全体が被災したのではなく,一つのキャンパスが被災地にあっただけで本拠地は首都圏にあったという事情もあるが,北里大学の例は大学の危機管理に多くの教訓を与えるだろう。

 また,部外者がこうした一切を知ることができるのは,北里大学がサイトでその時々の状況を掲載していたからである。このサイトはひとつのドキュメンタリー作品である。


2011年4月 1日 (金)

週刊誌コラムニストの限界

 3月11日以後の週刊誌のコラムでは,書き手の見識の有無がはっきりとわかる。

  『週刊新潮』(2011年4月7日号)の藤原正彦氏「管見妄語」は,「日本の底力」と題し

計画停電に文句を言う人は一人もいないどころか,日本中が節電に協力している。(中略)
被災地付近の人々の協力はほとんど狂乱的と言ってよい。家族を津波で失いながら,生き残った者が救援活動をしている(p.20)
と日本人をほめあげる。さすが時宜を得た発言と言わざるを得ない。

 竹内薫氏は「サイエンス宅配便」で,

ボクは原発容認派として積極的に発言してきた。だが,娘の健康がおびやかされる可能性が浮上したとたん,すべてが吹っ飛んでしまうほどの衝撃をうけたのだ(p.61)
と告白する。もう少し落ち着いて,これまでのことや先のことをよく考えて書いたらと思ってしまう。

 吉田潮氏「TVふう~ん録」には,

地震当初はテレビのありがたさに感謝していたが,途中から「?」となり,最近では罵詈雑言。腹立たしくて電源を切り,意図せず節電に協力している。この期に及んで,原子力発電所の仕組みなんか知りたい人がいるのだろうか」(p.62)
とある。もちろん私は,多くの人々同様,原発についてとても知りたい。

  『週刊文春』の林真理子氏は「夜ふけのなわとび」で

「自分のうちだったら,出来るだけミネラルウォーター使って料理しようと思うけど,外食だったら,スープも何もかも水道使われるかもしれない」
と私が言ったら,
「あなたさ,いったい何歳まで生きるつもり」
と友達に笑われた。
「私たちのトシなら,放射能の害が出る前に死んでるわよ。くよくよしたって仕方ないじゃん」
こういう考え方もあるのだ」(p.57)
と述べている。でも,こうした考え方の大人は多いのではないか。

 同じく小林信彦氏「本音を申せば」には

上杉氏も<計画停電>をやめて<節電>にしろと語っていた。<計画停電>や<電車の運行縮小>などで,市民生活に不便をあたえるのは,一考すべきだとぼくも思う(p.59)
とある。この雑誌の編集者には,小林氏に,電車の運行縮小は節電なのだと教える親切心がなかったのだろうか。


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