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2011年2月13日 (日)

映画『アレクサンドリア』が待ち遠しい

 日本映画製作者連盟の2011年1月27日の発表では,2010年の映画興行収入は,前年比7.1%増の2207億3700万円で,これまで最高だった2004年の2109億円を超えて,過去最高を記録,特に洋画は,『アバター』,『アリス・イン・ワンダーランド』,『トイ・ストリー3』の3D作品が100億円を超え,興行収入は,前年比15.5%増だった(『時事通信』2011-01-27)とのことである。

 昨年の後半は,観たい映画はほとんどなかった。シネマコンプレックスが増え,そのスクリーンがこうした洋画や邦画の大作に占拠されてしまうことも一因なのだろう。小さな映画館で上映されるハリウッド産以外の映画しか観るべき作品はなかった。昨年後半の『週刊新潮』や『週刊文春』の映画評の対象となった映画の半分以上は,欧州やアジアの映画だった。

 こうした傾向が続くのかと思ったが,米国のアカデミー賞発表前後になると,その候補作を中心に,観たいハリウッド映画の上映が増えるという傾向は毎年変わらない。

 ただ,これも困ったもので,アカデミー賞授賞式の行われる2月28日までの封切は,今年から10本となった候補作の中で『インセプション』,『ソーシャル・ネットワーク』,『トイ・ストーリー3』,それに直前公開の有力候補『英国王のスピーチ』だけである。ナタリー・ポートマンの『ブラック・スワン』は5月と遅い。後で撮影されたアシュトン・カッチャーとの共演の映画が先に公開される始末である。

iHypatia_2 先日,映画館で観た予告篇の中に『アレクサンドリア』(Agora,2009,アレハンドロ・アメナーバル監督)があった。以前,カール・セーガンの『Cosmos』(朝日新聞社,1980)で知った4世紀エジプトの女性天文学者ヒュパティアが主人公である。図書館のパピルスの書物をキリスト教徒から守ろうするヒュパティアを演じるのは,確か『ハムナプトラ』で本棚を倒していたレイチェル・ワイズであるが,知性を感じさせる女優として適役だろう。この映画は,スペインで2年前に制作され,世界各国で公開済みである。映画館で観ることができるのはありがたい。

 まさかエジプトという話題性で公開が決まったわけではなかろう。


2011年2月12日 (土)

日本三大車窓風景と新燃岳

 4年半前の6月に,宮崎に泊まり,日豊本線を都城で降り,吉都線のディーゼル1両の各駅停車に乗った。吉都線は,都城からえびの高原方面へゆっくり登っていき,吉松にいたる。途中にはいくつも温泉があり,中には幸福温泉なるものもある。全体として,高原気分が味わえる気持ちのよい路線だった。

Kirisima ここを通りたかったのは,高千穂峰(1,574m)を含む霧島連山をみることができるからである。写真の後方に見えるのが高千穂峰であるが,霞の中に1400メートル級の山々の連なりが見え,神々しい。窓を開けると風が強いが,風自体はまさしく薫風だった。

 さらに,吉松で乗り換えた肥薩線は,騒々しい観光列車だったが,途中でわざわざ停車してみせてくれるのが日本三大車窓風景の一つ,霧島,高千穂の峰を背景にしたえびのの町の俯瞰風景だった。

 霧島連山の新燃岳(1,421m)の噴火が始まったのは2011年1月26日であるが,まだ噴煙は止まない。火山の噴火は,自然のスケールは巨大であること,地球は人間とは全くかかわりなく活動していることを改めて教えてくれる。

 吉都線の列車を乗り降りしていた人たちが被害にあっているのかと思うと気が重い。


2011年2月 5日 (土)

ザッケローニ監督は普通の人

 アジア杯で優勝した日本チームの選手たちは,確かに,ザッケローニ監督のところに駆け寄っている。

Zaccheroni 日本代表の選手とザッケローニ監督との間には麗しい関係が築かれたようである。意地悪な週刊誌も,ザッケローニ監督の悪口は書けない。

 『週刊文春』で読んだザッケローニ監督の次のようなコメントには感ずるところがあった。

「イタリアの選手たちは飛付機を降りた後,iPodを聞きながら手ぶらでバス一乗り込むのが普通だが,日本の選手たちほ自分たち荷物を持って,バスに積込むところまでやるんこ。そんな光景は初めてだ! 試合後も,汗で汚れユニフォームを自分たちでたたんで,指定場所に置く。ストッキングはストッキングごと,パンツはパンツごとに分けて,きちんと片付ける。日本人は常に,次に働く人たちのことを考えて行動している。素晴らしいよ。決勝戦に勝った後のロッカールームでもそうだったんだ!」

 細かいところまでよく見ているということではなく,こうしたことに感心し,口に出して言う普通の人,常識人としての感覚がザッケローニ監督にはある。確かに,日本に適合した監督なのであろう。

 アジア杯で,最も腹が立ったのは審判である。これまでもアジアの審判には悩まされてきたわけであるが,今回も酷かった。相手をひいきするのならまだわかるが,一貫性が欠如し,予測不能で理不尽な判定が数々あった。選手ばかりでなく見守る監督やコーチが感じたストレスはどれほどだっただろうかと思う。


2011年2月 1日 (火)

山田章仁選手は選ばれた存在か

 今年の決勝はサントリーと三洋電機の対戦となった。三洋電機は,強豪なのだが,トップリーグの前の社会人リーグから現在まで決勝では1分11敗で,単独優勝がなかった。さらにこの三年間は準優勝に甘んじてきた。三洋電機は,今年(2011年)4月にパナソニックの完全子会社になるので,ラグビー部は残ったとしても,「三洋電機」の名は消え去るだろう。

 というわけで,2010年1月30日に行われた決勝戦は,三洋電機にとっては勝たなくてはいけない試合となった。

 前半,サントリーに5-11とリードされた三洋電機は,後半,劉選手のトライで逆転した。そしてその直ぐ後,ブラウン選手が奪い取ったボールを劉選手が,サントリー陣の背後にパントを蹴った。「山田がいるはずと思って」。その山田章仁選手は期待通り,ボールの落下点に走っていった。他に二人の選手が追いかけていたが,ボールは山田選手が拾い,そのままトライした。これで18-11とリードを広げた。JSportsの解説者小林氏が言ったように,こうしたときにボールを拾うのは必ず山田選手である。

Yamadakihito 山田章仁選手は,大学の時は,最初はスタンドオフだった。そしてウィングに転向した。レギュラーで活躍した期間は限られる。でも,試合中に山田選手がボールを受けると,必ず「山田だ」と歓声が起きた。何をするのか楽しみだし,確実に点を取った。ある時は,横に長い距離を走り,後ろに走ったこともある。

 社会人では,ホンダヒートに属していたが,今シーズンから三洋電機に移籍した。三洋電機には実績のあるウィングが何人もいるので,新参者の山田選手に出場機会はなかろうと思っていた。
 ところが第4節くらいから先発出場し始め,いつの間にかレギュラーとなり,シーズンが終わってみればチームのトライ王になっていた。

 そして今は,スター選手の乏しい三洋電機で,山田選手はボールを持てば歓声の起きる選手となっている。熱心でなかったタックルを真面目にするようになったからかもしれないが,前述のように山田選手なら何とか打開してくれるだろうと頼りにされているようにみえる。

 今秋,ラグビーのワールドカップがニュージーランドであるのだが,変わった髪型を好む山田選手は日本代表に選ばれるだろうか。カーワンヘッドコーチは選ばないのではないかという気がする。カーワンコーチの代表選びには納得のいかないものを感じているからでもあるが。


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