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2010年4月 9日 (金)

山田風太郎記念館に行く

 2010年2月のこと,山陰線の八鹿駅で特急から降りたのは一人だけだった。雨が降っていた。ホームに面して噴水様のオブジェがあり,そこに落ちる水音が雨の音のように聞こえた。

Yamadakinenkan 駅前の広場の一方に全但バスの営業所と停留所があるので,行き先と時刻を確かめた。ウェブで調べた通りの時刻でバスは出るようであるが少し待たなければならない。ここから兵庫県養父市関宮まではバスで40分ほどである。雨であるし,不案内でもあるので,タクシーで行こうかと迷った。駅前にはタクシーも並んでいる。タクシーなら,おそらく1時間半くらいで戻ってくることができる。けれども,戻ってきた時間には,乗ることのできる特急がないので1時間以上待たなければならない。

 結局,鉢伏行きのバスに乗った。乗客は6人ほどで,病院前を通ると何人か乗ってくる。どこでもそうだが,路線バスの乗客の多くは,病院に通う老人たちである。山間を走るのかと思っていたが,道の左右には集落が続いていた。やがて関宿に到着した。

 看板があるし,バス停から近いのですぐにわかった。通りから入った小学校があったという土地にこじんまりした二階建ての山田風太郎記念館があった。入場料は200円で,他に客はいなかった。主としてこの養父にいた子供時代の遺品が多い。亡くなった時の机や椅子も残っている

 山田風太郎ファンとしては,生地に建てられた山田風太郎記念館に行かねばならないと思っていたけれど,訪ねるにはなかなか難しい場所にある。養父市は福知山と城崎温泉の間である。しかし,どこにあろうと行くことが大事である。

 短篇のいくつかがまだだが,山田風太郎氏のほぼ全作品を読んだ。今,全作品読破を進めているのは吉村昭氏であるが,最近,その吉村氏の水戸天狗党を扱った『天狗争乱』を読み,その後で山田風太郎『魔群の通過』を再読した。吉村氏は例によって外側から記録風に書き,山田氏は内側から伝奇的に描いているが,この二人のこの事件に向かう姿勢はほとんど同じである。それ以前に,長期にわたり戦い続け,大人数で雪の中部山岳を越え,裏切られ,350名余が斬首されたという忘れ去られている事件を取り上げること自体に同じ主張があるように思われる。

 関宮からの帰りのバスは女子中学生が7,8人一緒に乗ってきたので少し賑やかだった。


2010年4月 6日 (火)

今年の桜はいま一つの出来

 桜を意識して見るようになってもう20年以上になる。吉野には何回も行ったし,山高神代桜も三春の滝桜も見た。角館にも桜を見るだけのために行ったことがある。秋田新幹線にも乗りたかったのだが。今年は,丸谷馨『日本一の桜』(講談社現代新書)に出ていた,京都嵯峨野の佐野園も伺った。

Daigo2010 しかし,今年ほど東京や京都の桜が天候のために無惨な仕打ちを受けているのをみるのは初めてである。現在,最も素晴らしいと思っているのは京都醍醐寺霊宝館の枝垂れ桜であるが,幸いに陽差しのある中で満開の姿を見ることができたものの,例年のような勢いはなく,色もよくなった。

 近くにソメイヨシノの並木があり,日曜日には満開だったが,やはり白っぽくて,少しも訴えるところがなかったのは,必ずしも曇天だったためだけではなかろう。

 今年は,3月22日のソメイヨシノ開花までは順調で,3月29,30日頃には満開になるはずだった。ところが23日から気温は低くなり,24日,25日には嵐となった。低温は,4月5日まで続いている。ようやく,満開になってみても,空は晴れない。言ってみれば,期待の中で開花したものの,その後は嵐に見舞われて意気消沈,大きな期待はずれという状況である。

 桜は被害者であり,責めることはできない。悪いのはお天気である。大勢の観桜客によって収入を得ている業種の方々は嘆いていることだろう。日本人が桜に特別な感情を抱いているのは,桜の咲く季節が年度替わりと重なり,さらに冬の終わりと明るい春の到来を告げるからである。今年の気候は,こうした思いを踏みにじった。


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