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2010年3月15日 (月)

寝台特急「北陸」に2月に乗った。

 北陸に行くため,金沢にどのようにして行こうかと考えていたとき,東京と金沢の間に寝台特急「北陸」があるのに気付いた。しかも,「北陸」はまもなく廃止になることもわかった。インターネットでは予約できないので,JRの駅で尋ねたところ,B寝台のソロが手に入った。2010年1月後半のことである。

 乗ったのは2月初めである。どういくわけか,東京駅から出るものとばかり思いこんでいたが,発車3時間ほど前に,上野発であることを教えられた。東京駅でさまよって間に合わないことを想像すると戦慄した。

 午後11時3分発であるが,上野駅の下の終着駅型ホームに着いた時には,まだ,入線していなかった。ところが,列車の入ってくるのをカメラを構えて待つ人々が2,30人いた。ホームで待つうちにもその人数は増えていった。廃止までひと月以上前なのに熱心なことである。

Hokuriku 入ってきた寝台車に乗る。二階建てで,下にある個室である。電灯や換気,ラジオなどの設備があるが古くさい。最近,何度か乗った寝台電車「サンライズ瀬戸」に比べれば雲泥の差である。それに部屋の高さが低く,寝台の横の隙間が狭いので,着替えに手間取る。着替えは,両手を伸ばせるスペースがないと無理なことに今さらながら気付いた。

 やはり,写真を撮ろうと思ったが,持っていたデジタルカメラの電池が切れていた。

 外では,大勢が走り回り写真を撮っている。客車の中には入ってこないようであるが,どうやら,この列車に乗っている乗客の多くは,記念乗車の連中で,彼らは車内で右往左往している。

 定時に発車した寝台特急「北陸」は,大宮,前橋に停車する。やはり写真をとる人々がいる。そのあとは,糸魚川までは停まらない。驚いたのは,5時51分に停まる高岡にかなりの人数がいたことである。

 金沢に近づくと高速道のような高架橋が並行して作られていて,これは,北陸新幹線用であることがわかった。東京と金沢は近すぎて寝台列車は生き残ることはできそうもないのは自明である。しかし,廃止の日に3,000人も集まったと聞くと,この人々が順番に乗車すれば,少しは寿命が延びたのではないかと思う。逆に,一度も乗ったことがなくて,「ありがとう」などと言っていいのか。

 この頃,「撮り鉄」だの「乗り鉄」だのという言葉が新聞やテレビの見出しになっているが,鉄道ファンは,こうした言葉は嫌いなはずだし,鉄道好きはそのようにセグメント化されてもいない。


2010年3月 4日 (木)

『ある日どこかで』の上映

 「午前十時の映画祭:何度見てもすごい50本」の中に『ある日どこかで』(Somewhere in Time,1980,ジュノー・シュウォーク監督)があり,うれしくて観に行った。高齢者が多いかと思ったが,8割がた埋まった座席には様々な年代の人たちがいた。

 『ある日どこかで』のビデオ,DVD,サウンドトラックを持っている(宝塚版の天海祐希のビデオまで持っている)が,映画館で観るのは封切の時以来,30年ぶりである。字幕は封切の時とは違う。

Sit

 この映画が『ローマの休日』や『ショーシャンクの空に』とともに「すごい」50本に選ばれるのは結構なことであるが,万人が知っている名作ではない。一部に熱狂的ファンのいるカルト映画のままでよいように思う。また,そう多くの人に知ってもらいたいとも思わない。なお,封切時にはだめだったが,次第にコアなファンが増えてきたというのは,日本だけでなく,米国でも同様で,年次大会が開かれているらしい。

 ジェーン・シーモアがテラスの陰にクリストファー・リーブの姿を見て,「リチャード」と叫びながら階段をかけ上がるところは,これまでの恋愛映画の中で最上の場面だと思う。

 ジェーン・シーモアの写真を見たクリストファー・リーブの取る行動は,誰に話すわけでもなく,ナレーションがあるわけでもないのに,腑に落ちる。それにしても,ジェーン・シーモアの写真の出来があれほどでなければ,きっと無理を感じただろう。同様に,起伏に富んだ展開,衣装,豪華なグランドホテル,ラフマニノフとジョン・バリーの音楽,劇中劇,コミックリリーフとどれもが実にうまく調和している。

 ただ,この映画が万人にはうけず,ごく一部の人たちが夢中になっているのは,多分,こうした要素からではなく別の理由からであろうと思う。


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