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2009年10月30日 (金)

小選挙区落選比例当選の哀しみ

一時,非自民党政権が生まれるにいたった1990年代前半の大きな政治トピックは,「政治改革」だった。現在の小選挙区比例代表並立制は,その結果というか妥協により生まれたものである。中選挙区から小選挙区に変えて政権交代が起きやすくしたが,新しい制度で政権交代が実現するまでには13年かかった。


 並立制に重複立候補制度が組み合わされた点に当時,疑問を持った。小選挙区で落選しても比例区で救われるのはおかしいのではないか。有権者から選ばれなかった候補者が比例区のおかげで議員となるのは合点がいかなかった。また,議員の間に小選挙区当選者,比例区単独当選者,小選挙区落選比例区当選者という階層が生まれるのではないかと考えた。しかし,そのようなあからさまな差別が起きなかったのは,重複立候補の場合,惜敗率がかなり効いていて,これで僅かな票差で負けても救われるという側面があったからだろう。


 19961018日の朝日新聞の記事「くすぶる選挙制度見直し論 重複立候補などに批判(新総選挙)」では,当時の新進党の小沢一郎党首は,「比例は比例,小選挙区は小選挙区一本にかけて地域に密着した政治をめざすべきだ」と少数にしか重複立候補を認めなかった。1996年の選挙では自民党候補の大多数は重複立候補した。しかし,自民党の中で「小選挙区で有権者から落選させるという判断をされた候補者が,結果的に当選してくるのは憲法違反だ」と言って重複立候補しなかったのは小泉純一郎氏である。初めての小選挙区の選挙とはいえ,もともと選挙に圧倒的に強い小泉氏は小選挙区でダブルスコアで当選している。


 自由民主党では,閣僚を選ぶ場合などでも,小選挙区落選比例区当選者を差別したりはしなかったようだ。


 ところが,今回の自由民主党の総裁選では小選挙区落選比例区当選者は総裁選出馬しにくい雰囲気が作られたのは興味深かった。中川秀直氏が自分は小選挙区落選だから立候補することはないと言って,町村信孝氏を牽制した。また,小池百合子氏は,テレビ番組でなぜ総裁選に出なかったのかと言われ,比例区復活だからと答えていた。


 民主党小沢幹事長は,衆議院委員会の理事の人選で,「1回生でも選挙区当選の議員を充てろ。それが民主主義のルールだ。比例復活の議員は次に頑張ってもらうしかない!」(産経ニュース2009.10.10)と比例区復活議員を明確に差別した。


 重複立候補制による比例区当選者は一人前ではないという意見が急に強まったようだ。『週刊新潮』だったか,「ゾンビ議員」と書かれていた。けれども,前回は民主党,今回は自由民主党と重複立候補制が小選挙区で落選した際のセフティネットとして有効に機能してしまうと,議員の間から廃止論が出てくるとは思えない。


2009年10月29日 (木)

快適「ドロップボックス」

 クラウド・コンピューティングと言われてもそう実例にお目にかかるわけでもなく,遠い世界での話かと思っていた。グーグルの以前のライトリー,今のドックスも時々使ってみる程度である。もちろん,ウェブメールはクラウドだと言われれば確かにそうだと思うが,あまり実感はない。ヤフーのメモ帳は以前から重宝しているが,これはクラウド・コンピューティングというほどのものなのだろうか。

 自宅と勤め先とで同じ仕事をすることが多いというか,一つの仕事を自宅から勤め先,勤め先から自宅と場を移して続けることが多い。そのため,自宅と勤め先では,ファイルもほぼ同じで,自宅のファイル全体を携帯ハードディスクに入れて勤め先のパソコンにコピーするといったこともしてきた。

 もう20年以上前,5インチのフロッピーディスクを持ちあるいていたような記憶がある。しかし,3.5インチのフロッピーディスクが出現し,毎日,ファイルをこれに入れて持って歩いていた。その後は,USBメモリーとなった。また,ftpサイトを使ったファイル移動も10年以上行ってきた。

Dropboxlogo  三か月半前にドロップボックスを知り,使い始めたが,これは実に具合がよい。登録してソフトをダウンロードし,インストールすると,「マイドキュメント」の下に「My Dropbox」が現れる。ここに入れたファイルは,そのパソコンAのハードディスクにあるファイルと同じ使い方ができる。別のパソコンBにもドロップボックスのソフトを入れて,同じIDでアクセスすると,パソコンAの「My Dropbox」内と同じファイルが現れる。こうして,「My Dropbox」を使っているだけでファイルを移動することができる。

 使い始めて,ファイルの所在がわからなくなったことは2度あり,それ以後は,こまめにローカルのパソコンに保存をするようになったが,どちらの場合も,自分の操作ミスに起因していた。

 これがクラウド・コンピューテイングで,マイクロソフトのスカイドライブはじめ,同じようなファイル保存サービスがあるが,知る限りでは,ドロップボックスの使いやすさは群を抜いている。無料だが,多少の使用料を払ってもいいと思うほどである。


2009年10月27日 (火)

映画『オー!マイ・ゴースト』:幽霊だらけのニューヨーク

Ghosttown  公開されることなくDVD発売のみの映画『オー!マイ・ゴースト』(2008,デヴィッド・コープ)を観たのは,ティア・レオーニが出ているからだった。ところがこれは拾い物というか楽しめる上質コメディだった。

 ニューヨークのセントラルパーク近辺が舞台,フランク(グレッグ・キニア)は,高層アパートの上階から落ちてきたクーラーをよけたのはつかの間,バスにはね飛ばされて死んでしまう。そして幽霊になった。

 一方,中年で独身の冴えない歯科医バートラム(リッキー・ジャーヴェイス)は,午後を休診にして,病院に行き大腸の内視鏡検査をしてもらった。ところが,病院を出ると大勢の人達が自分についてくる。マンハッタンには大勢の幽霊がいるのだが,バートラムには普通の人は気付かない幽霊の姿がみえ,話もできるようになってしまっている。

 突然,死んでしまったが,この世にまだ未練がある場合には幽霊になる。幽霊たちは,バートラムに,家族に読んで欲しい手紙があるから,そう伝えてほしいとか,子供の探しているものがベッドの下にあるので,教えてやってほしいと頼んでくる。願いがかなうと成仏できる仕組みだ

 バートラムは,内視鏡検査で何かあったのではないかと考え,病院にききに行く。担当の女医は「やっぱり戻ってきたんですね」と言って,書類を持って小部屋にバートラムを連れて行き,事務担当の大男を連れてくる。そして,内視鏡検査の時に,7秒間死んだがすぐに生き返ったから大丈夫と説明する。この場面が,なかなかの味である。病院側が患者をあしらうという設定なのであるが,女医と事務担当の男とがどこかずれていて,不条理な世界を作り出している。

 フランクもバートラムに頼みがあるのだが,本心はなかなか喋らない。バートラムの妻がティア・レオーニである。ティア・レオーニはどんな映画でも知的な職業に就いているのだが,今回は,エジプトのミイラの研究者である。ティア・レオーニがバートラムに慈しんでいるミイラの説明をするが,ここもどことなく可笑しい。

 秋のニューヨーク,雨のセントラルパークの景色が美しく,夫婦間の複雑な心理を題材とし,子供を一切出さないで心温まる話にしているなど,見所が多い。

 けれども,どこが面白いという観客も多いと予想される。公開されなかったのも仕方がないかもしれない。


2009年10月23日 (金)

ジェイソン・バトン選手と道端ジェシカ嬢が表紙

 F1の第16戦ブラジル・グランプリでジェイソン・バトン選手は,ついに2009年の年間チャンピオンとなり,撤退したホンダを引き継いだブラウンGP・F1チームも製造者部門で優勝した。バトン選手は第1戦から第7戦まで第3戦を除いて優勝し,第7戦が終わった時点で,年間優勝は確実とされた。ところが,その後は,ポイント圏内にはいるものの,優勝とは縁遠くなった。しかし,あと一戦を残して,ようやく決めることができた。最後は,初めてF1を開催するアブダビであるので,何が起きるかわからず,ここで決定したかったことだろう。

 これまで,ホンダの車で走っていたバトン選手は決して速いようには見えなかったが,今シーズン序盤は,確かに速く,また実に堅実に勝利を積み重ねた。速さという点では,ハミルトン選手やベッテル選手に及ばないのではないかと思うが,スピードとステディという点では一番である。

 ともかく,バトン選手が優勝してよかった。

 道端ジェシカ嬢もうれしいだろう。 道端ジェシカ嬢は年間チャンピオンの恋人ということになった。昨年からは考えられないことである。

Butmichi  明日(10月24日)発売の雑誌の表紙は,バトン選手と道端嬢である。道端嬢はブラジルには行かなかったそうだから,この撮影は日本グランプリの前後だったのだろう。もし,ブラジルで優勝していなくても,表紙にこの写真を使ったのだろうか。


2009年10月20日 (火)

「皇室の名宝」展I期は必見

 東京国立博物館で開催されている今上の在位二十年記念の「皇室の名宝―日本美の華」(Ⅰ期)に出かけた。平日の午前中だったが,入り口に列はなかったものの,入場券購入に手間取る人々は多く,館内はごったがえしていた。

 こうしたものがあるのかと驚いたのは,音声解説では「謎の」とついていた「萬国絵図屏風」である。作成年代は17世紀であることはわかっているが,誰がどのようにして作ったのが不明らしい。左に世界地図,右に世界の都市の俯瞰図がある。判別できたのはヴェネツイアとパリだけだが,観ていて飽きない。

Tana  もう一つの驚きは,川之邊一朝ほか作「菊蒔絵螺鈿棚」である。明治天皇の命によるということだが,十数年をかけて,蒔絵,漆,螺鈿などの当時の技術の粋を集めて作られた,神々しさまで感じる作品である。これは,実物を見てオーラを感じるしかない。皇室があるということはこうしたものが作られて,残っていくことなのだと思い知った。

 他には,橋本雅邦筆「龍虎図」が面白い趣向だと思った。

 超絶技巧と言うべき旭玉山作「官女置物」も観客の人気が高い。

Ryuukozu

 狩野永徳「唐獅子図屏風」とともに伊藤若冲の「動植綵絵」30幅を並べたのが呼び物となっている。伊藤若冲「動植綵絵」は,これまで何十年もかけ,京都国立博物館や三の丸尚蔵館で少しずつこつこつと観て,リストをチェックしてきたのだが,三,四年前だったか,若冲の関わりのある京都の相国寺で今回と同じような全点展示があり,拍子抜けした。


2009年10月18日 (日)

宝塚のレビューの新趣向

 先日,宝塚雪組の東京公演『ロシアン・ブルー』と『RIO DE BRAVO!!(リオ デ ブラボー)』を観た。

 「スクリューボールコメディ」と銘打たれた『ロシアン・ブルー』の舞台は,1937年のソ連のクレムリン内であり,来訪している米国の議員連中と彼らが連れてきた演劇関係者との文化交流をめぐるトラブルを背景にした恋愛劇というなんでもありの宝塚でしかできない芝居である。

 小林信彦氏の著作で「スクリューボールコメディ」の説明を読んだことがあるが,変人奇人達の恋愛,機関銃のような早口で途切れない台詞という特色があり,その例として1930年代から40年代の米国映画『ヒズ・ガール・フライデー』,『新婚道中記』,『赤ちゃん教育』,『フィラデルフィア物語』,『或る夜の出来事』などがあがっていたように思う。これらの映画に強い共通点があるとは思えないし,現代にも通じる傑作『或る夜の出来事』以外の映画には,笑うことのできる場面は少しもなく,それどころか今の感覚からみて理解しがたいというか我慢のできないところがいくつもある。

 いまどき,七十年前の遺物「スクリューボールコメディ」では無理があり,さらに早口でしゃべりまくるものだから『ロシアン・ブルー』の台詞は,聞き取りにくく,これはどんな話なのかが掴みにくかった。

 宝塚の通常の公演は,1時間半ほどの芝居,30分の休憩,そして1時間のレビューから構成されている。観客は,芝居部分で寝ていても,レビューで満足できれば,全体として満足して帰ることになる。『RIO DE BRAVO!!は,ブラジルを舞台としたラテン音楽のレビューで,なかなか高揚感があった。

Bonbon  宝塚ではレビューも構成に約束事が多く,例えばロケットと呼ばれるラインダンスが必然性とは無縁に必ず組み込まれている。さて,中盤に組の全員が揃う箇所がある。ここで,観客にボンボンを振らせた。観客と一体となるという演出だが,どうやらこうしたことはかなり珍しい趣向のようだった。隣にいたおそらく二十歳代後半の女性二人は,休憩時簡にボンボンを取り出して,待機していた。丸くて,金色の細い短冊が何十枚も付いている。なんでも公式ボンボンがあり,場内の店で売っているらしい。

 今,若者の集まるコンサートがどのような状況か知らないが,観客はペンライトをふる程度の参加度だろうと思う。宝塚のボンボン振りは,どの場面でどのように振るかまで決められていて,観客にも習熟が求められる代物だ。

 『宝塚(ヅカ)読本』(文春文庫,2009)の中で,著者の中本千晶氏は,「ビジネスとしての宝塚が抱える二つの課題」として,阪急からの経営上の独立,それに長年の顧客の保護と新規顧客開拓のバランスとを上げている。

 おそらく演出側は,最初はどれほど観客がついてくるか疑問だっただろうが,さすが宝塚ファン,忠誠心を試されるボンボン振りを忠実に実行したわけである。しかし,まだ宝塚ファンではない観客,初めてきた観客が,多少,疎外感を感じても不思議はない。前述の課題という面からみて,新規顧客獲得に結びつきにくいこうした演出がよくできるものだと思った。

 座っていた席の近くは,団体が購入したようで,大勢の高齢者たちが座っていた。ほとんどは宝塚を初めて観る人達のようだった。もちろん宝塚の観劇ルールを知らないので,全てにわたって反応が鈍かった。しかし,ボンボンの出てきた後,終盤近くになり,老人達が自主的に手拍子をし始めたのには,正直驚いた。演出側はここまで考えていたのだろうか。


2009年10月17日 (土)

2009年総選挙の小選挙区

 衆議院議員の経歴や得票などを載せたウェブサイトを作ったのは12年前の1996年だったが,その頃に比べて,各党のサイト,ウィキペディアが充実し,さらに,グーグルで議員名を入れれば何でもわかる時代になった。

 総選挙前まで更新してきたが,もう止めようと思いつつ,作業をして,結局,今回の総選挙後の状態に更新した。2009年総選挙選出衆議院議員一覧である。かなりの手間がかかるが,何とか終わった。

 どうしてこうしたことをしているかと言えば,選挙が好きだからと言うしかない。

 今回の選挙は,前回2005年の選挙の裏返しだった。前回,自由民主党は,選挙区で圧勝,比例区では選挙区で負けた議員を復活させてもまだ余裕があった。今回,民主党が同じことになった。

2009senkyo

 2003年,2005年,2009年の300小選挙区の推移を五種類に分けた結果を見ると,「3回とも同じ」と,「2003,2005年同じ,2009年変化」がそれぞれ1/3を占め,残りの1/3の半分は2003年に議席があったが2005年にとられ,2009年に奪還というタイプだった。

 自由民主党には52人,民主党には46人の確実に勝てる議員がいる。しかし,今回,自由民主党は,このタイプだけしかいなかった。2005年と2009年度で変化した185議席のうち172議席が民主党のものとなった,実に93%である。

 300選挙区の一つ一つをみていると,民主党小沢氏が,空白選挙区の候補者の選定に実に細かく気を配っていることがわかる。民主党では,選挙区で66人の新人議員が誕生したが,圧勝した例はそれほど多くはなく,僅差の勝利も多い。しかし,結果的にはほとんどが当選した。いくら風が吹いたと行っても,候補者調整は神業に近い。

 自由民主党で2005年に議席を得て,それを守ることができたのは7人だけだが,その中では,世襲ではなく,前回より得票を増やした稲田朋美議員(福井1区)の健闘が注目される。

 参議院をみればわかるように,ここ10年で徐々に自由民主党から民主党へと選挙民の支持が移ってきているのが大きな流れだったが,2005年の小泉郵政選挙が,この流れを乱した。今回は,その反動が一挙に起きたという解釈ができるかもしれない。それなら民主党は,しばらく安泰である。しかし,衆議院選挙は郵政改革や政権交代というスローガンで揺れ動く流動的な選挙になってしまったという解釈もありうる。

 民主党小沢幹事長が,新人議員に対し次の選挙のことをまず第一に考えろというのは背後の不安は,後者に根ざしている。


2009年10月15日 (木)

青蓮院の青不動様を見せていただく

Aofudo  関西に行く用事のついでに,京都の青蓮院の「青不動」を拝観に行った。青蓮院は,東山の仁和寺の隣にある門跡寺院である。円山公園から三条にいたる高台の道は,よい道なのであるが,一方通行で,大型バスやトラックが遠慮なく走っている。

 青蓮院は,夜間拝観などをする商売っ気の多い寺院であるが,今回は,秘仏を開帳したわけである。青蓮院の青不動様は国宝であり,他に赤不動様(高野山明王院)と黄不動様(滋賀県三井寺)が現存,さらに白不動様,黒不動様があったとされる。

 どの不動様もなかなか公開されず,お姿を拝見するのは困難である。以前,曼殊院で不動像を拝観した覚えがあるが,これは三井寺の模写とのことである。三不動様を拝観するのは,初めてだった。

 大勢の参拝客を想定した対応になっていたが,あいにく雨模様のためもあってか,行列ができるほどではなかった。9割は高齢者という構成である。青蓮院の建物はさほど古いものではない。けれども,お堂を回る順路を辿らなければ,奧の本堂の青不動には行き着けないようになっている。しかも,順路には模写も置かれていて,混乱する。

 ともかく青不動のところに行き着いたが,本堂の前は何重にも座っている人がいて,お坊さんが太鼓を叩いていた。その間に横二人分の通路があり,そこに四,五列並ばせられる。その斜め前に青不動画が置かれている。通路は立つことはかなわず,膝で前進していく。慣れない姿勢で,止まることはできず,前進していく一方,堂内は暗くて見ずらい。何だかよくわからぬままに押し出されてしまった。

 そうしたわけで,不動様の絵にオーラを感じなかったが,暗闇で目が光っているようには見えた。

 先頃,京都に行ったときに,ある大寺院の塔頭の障壁画のレプリカ作成の説明を聞いた。スキャナーで撮ったデジタル画像を襖に貼り付け,普段は,そのレプリカが使われ,本物は博物館で保管されている。一瞬,レプリカではないのかと思ったが,そんなことはあり得ないと思い直した。


2009年10月13日 (火)

「駅員にくってかかる人達」は消えたらしい

Taifu18  2009年の上陸台風となった台風18号は,勢力が強い上に,早くから近畿,東海地方への上陸から縦断するコースをとると予想されていた。何が起きるか不気味だったが,結局は,死者が出て,竜巻被害があり,リンゴなどの果物や農作物に被害を与えはしたものの,通過後に川が増水して洪水になったり,大規模な土砂崩れなどはなかった。もしかしたら土木事業により国土が強くなっているのかもしれない。

 しかしながら,台風来襲の日,首都圏では,JR東日本は各線の運行を停止した。山手線は午前8時から3時間ほど止まった。山手線が止まると,都内の多くの学校は休校になる仕組みになっている。山手線や京浜東北線に平行して走る地下鉄や私鉄は大混雑で,大井町から御殿山まで歩いたといったような話をきいた。

 テレビのニュースでは,JR東日本が運行停止にしたのは,2005年冬に起きた羽越本線の突風による車両脱線,転覆事故の教訓であると説明していた。JRは,私鉄よりも多数の風速計を設置し,一つでも規定の風速を超えるとその路線を止める。何よりも安全が重要であるから,JR東日本の判断は正しい。

 最近,気付いたことであるが,このように列車が運転を「見合わせる」ことがままあるが,その時の乗客の反応が変わってきた。テレビニュースの取材を受ける人達は,「しょうがないですね」,「待つしかありません」と言って,落ち着いている。

 以前は,「駅員にくってかかる人達もいました」が決まり文句だった。朝日新聞の新聞データベースで調べてみたが「『一体何が起きているんだ』,『もう、うんざりだ』。同駅で1時間以上足止めされた乗客の中には、駅員にくってかかる姿も見られた」というように「駅員にくってかかる」という表現がみられる最後は,2003年5月28日「仮復旧・混乱・イライラ 安全対策に疑問の声 地震で東北新幹線」というの記事である。マスメディアが煽っていた面もある

 台風など自然災害,あるいは飛び込み自殺など鉄道側では不可抗力の事態で,運行停止になったときに,乗客が駅員を怒鳴ったりするのは,愚の骨頂であるし,弱い者いじめでしかない。これがなくなったことは,成熟した社会に向かっている徴候なのかもしれない。

 また,誰もが携帯電話を持ち,列車運行状況サイトやニュースサイトなどから,次の行動に必要な情報を得ることができるようになったということが大きく影響しているのだろう。

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2009年10月12日 (月)

[豹変]『ニュースJAPAN』の新キャスターは良い

 フジテレビ系列『ニュースJAPAN』のキャスターが滝川クリステルさんから秋元優里アナウンサーに交代して2週間経つ。週刊誌では滝川クリステルさんの降板理由が云々されているが,よくわからない。ただ,社員を使ったほうが安上がりということだけは確かだろう。

 

 『ニュースJAPAN』はもう観ないと言ったのに,まだ観ている。


 何故かと言えば,後継の秋元優里アナウンサーが意外に良いからだ。少しも笑顔を見せないが,初々しい緊張感を感じさせつつ,しかし落ち着いて原稿を読んでいるし,自分の意見を言うというかまとめの場面もそつがない。

 

 他の民放局もそうだが,報道で放送免許を与えられているのに,ニュース番組の時間の総時間は短く,『ニュースJAPAN』などは,その日によって開始時間が変わる。ニュース番組は,定時放送が基本だが,それをする気がない。その中で報道一筋を目指すのは見上げたことだ。

 

 新しい政権が発足し,大型台風がやってきたりするわけだが,平然とこなしてしまったなあという感じだ。少し悔しいし,残念なことに変わりははないが,この交代は成功だったように思える。


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