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2009年3月30日 (月)

大田桜台高校の怪

Akasakako_2 青山墓地の桜はまだ三分咲きだった。

 ほぼ青山墓地内といってよい地域に,都立赤坂高校がある。その前を通ったら,この高校が2009年3月末で閉校となり,2009年4月から「大田桜台高等学校」が開学するという張り紙があった。

 ウェブで調べてみたが,大田桜台高等学校のサイトはあるもののアクセスできなかった。都立赤坂高校のサイトは,直ぐにも消えそうな雰囲気である。75年の歴史を持つ高校もあっさりなくなるようである。

 東京都が都立高校改革を行ってきたのを初めて知ったが,これはその一環である。少子化と世の中の変化に合わせて,都立高校を再編するらしいが,もう最終段階のようだ。ところが東京都教育委員会の文書を読んでも赤坂高校はなかなか出てこない。

 ようやく,「市ヶ谷経済新聞」(2009年3月29日)に,都立市ヶ谷商業高校「は都立赤坂高等学校(港区)と併合され,赤坂高等学校と都立南高等学校(品川区)の跡地に新しい進学型専門高校「都立大田桜台高等学校」(青山キャンパス=港区,馬込キャンパス=品川区)として今年4月に開校する」と書かれているのを見つけた。「進学型専門高校」とは何だろう,このあたりで都立高校改革,大丈夫かと思う。

 地域としての青山と赤坂の境界は,曖昧であるし,住居表示とは異なるので,南青山に赤坂高校があっても何の不思議もない。しかし,「大田桜台高校」があるのは不可解である。誰しも,大森と蒲田が一緒になって出来た大田区内にあるはずと思うだろう。

 二つの高校が併合されて新しい高校ができ,しかも校地が分散される,それに加えて別の論理で大田を冠した高校が要るということなのだろう,「新銀行東京」だの「首都大学東京」だのいかにも,ネーミングのセンスがないというか,名称に投げやりな都が考えそうなことだ。


2009年3月29日 (日)

醍醐寺霊宝館の桜 2009年

Daigoeihokan2009_3

 今年もまた,満開の京都の醍醐寺霊宝館の枝垂れ桜を見ることができた。

 ゆったりと横に拡がり,それぞれの枝の隅々まで花が咲いている。

 十数羽の小鳥が花にまとわりついていた。

 霊宝館の庭の奥まったところにあり,手前にも桜の木が何本もあるので,観光客は,「きれい」を連発しながら歩いていくのだが,この桜の木を見るとみな押し黙ってしまう。他の木と同じように「きれい」という言葉では言い足りないからであろう。

 醍醐寺は,今年は,満開になるまで,この桜を公開しなかった。

 なお,JR東海の「そうだ京都,行こう」の醍醐寺編に出てくる醍醐寺の桜は,この桜ではない。


2009年3月27日 (金)

宝塚の『二人の貴公子』は面白かった。

 宝塚バウホール月組公演『二人の貴公子』を観た。新しくシェイクスピア作品と認定された戯曲である。古代ギリシャを背景に,二人の貴公子パラモンとアーサイトが一人の姫君エミーリアを愛してしまうという話である。

 シェイクスピアといっても面白い作品ばかりではないので,それほど期待していなかったが,全く退屈することなく,どう終わるのかという興味に最後まで支えられ,集中力を持って観ることが出来た。公演の評判を含め,何の背景知識もなかったが,最後に隣近所ですすり泣く観客がいるし,ブログでも「面白い」という声が多かったのも納得がいく。

 シェイクスピア的ではあるけれど,運命というだけでなく,パラモンとアーサイトの微妙な違いを出して観客を何とか納得できるようにしている。また,宝塚の本公演では,トップは一人だから,二人をほぼ同じく扱っているこのドラマは,取り上げにくいかもしれないという点で若手公演の意義が活かされている。

 台詞が長く殺陣も多いのであるが,龍真咲と明日海りおはとても凛々しくて疲れも見せず,エミーリアの羽桜しずくは,二人から愛されるに値する美しさであり,若手のがんばりと,脚本,演出,舞台装置それぞれがほどよくまとまって,良い舞台となっている。

 東京公演がないのが本当に残念である。

 さて,片岡愛之助,中村獅童,黒木メイサの『赤い城 黒い砂』はどうだろう。


2009年3月22日 (日)

『砂漠の狐を狩れ』と『春の予感』

Rommel  スティーブン・プレスフィールド『砂漠の狐を狩れ』(Pressfield, Steven.Killing Rommel.村上和久訳.新潮社,2009.493p. 新潮文庫)は,第二次大戦中の北アフリカ戦線に実在した長距離砂漠挺身隊で指揮官となった当時22歳のイギリス人士官を主人公とした小説であるが,この時代と舞台に知識がないと理解しにくいと思われる。

 今から40年ほど前,デズモンド・ヤング『ロンメル将軍』,パウル・カレル『砂漠のキツネ』などロンメル将軍とドイツアフリカ軍団についての出版ブームがあり,それ以来,ロンメル将軍について書かれたものは岡本好古の『 悲将ロンメル』といった小説まで含めて何度も読み返していたので,ここに登場するリビア,エジプトの地名,トリポリ,ベンガジ,ガザラ,ビル・ハケイム,トブルク,そしてエル・アラメインなど,そして実在の人物名にも馴染みがある。

 もし,タイムマシンがあって過去を訪れることができるなら,見てみたいのは,カエサルのアレシアの戦いの様子とロンメル麾下のドイツアフリカ軍団である。この中にも出てくるが,まず,オートバイに乗った偵察部隊に続き,4輪あるいは8輪の装甲車,装甲ハーフトラックに乗った歩兵,八十八ミリ砲,そして戦車がやってくる。ロンメルに鍛えられたドイツ軍は,プロの戦闘集団であり,それぞれの役割は明確で,機械と一体化して機能するのである。戦争では,繰り返しと勝利のおかげで,そうした集団ができることがある。実物はさぞ恐ろしいことだろう。

 連合軍は,ロンメル軍にいつも裏をかかれて敗北を重ねた。英軍のオーキンレック将軍が,敵軍を「ロンメル」と呼ばないように,なおこれは,嫉妬しているからではない,という訓令を出したことはよく知られている。決められた手順できびきびと仕事をこなすドイツ軍に対して,将校らの裁量の余地を大きくし,オアシスを基地にして,何もない岩と砂の荒涼とした地を長距離踏破し,戦略的偵察のために編成されたのが連合軍の長距離砂漠挺身隊である。その任務には,爆撃で死に至らしめるためにロンメル将軍の居場所を突き止めることも含まれていた。

 オックスフォード出身の主人公チャップマン少尉は,主としてニュージーランド兵士からなるこの部隊に臨時配属される。エル・アラメインの戦いの後,敗走するドイツ軍を追って西進するが,次第にこの部隊から離れられなくなり,一隊を指揮する立場になる。そして,最後にはロンメル将軍が登場する物語に欠かせない出来事が起きる。

 主人公の手記形式で書かれているが,戦闘場面はさほどなく,リビアの荒れた土地で難儀する話ばかりである。実戦の経験のない著者なので,上官,同僚,部下たちとの関係の書き方もそれほどうまくはないが,両軍が入り乱れた戦場の毎日の臨場感は感じられる。本人は,控え目に自分のことを書いているのだが,元部下が主人公を評す場面がもう一つのクライマックスとなる。

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 もう春本番になったが,1978年春のものとおぼしき資生堂の<a href=http://www.youtube.com/watch?v=-ywCVWqU2ts&feature=channel_page>「春の予感」のビデオ</a>があった。南沙織は,この時23歳で,まもなく学業専念のために引退してしまう。記憶が違っていたが,篠山紀信と結婚するために芸能界を引退したわけではなかったらしい。

 このCM映像は,自分の歌う「春の予感」の歌詞そのままに,ぎこちなく演ずるという素朴なものであるが,何か強く訴えるものがある。また,何でもない光景なのに,かえって1978年という時が丸ごと切り取られて蘇ってくるような感じがする。


2009年3月16日 (月)

「本日も晴れ。異状なし」の終了

Photo  日曜劇場「本日も晴れ。異状なし」が終了した。低視聴率で1回短縮したらしい。最終回でも8.4%の視聴率だった。

 今回,毎回,観ていた唯一のテレビドラマだった。インターネット上でもこのドラマの評判は上々なのであるが,一般受けしなかったらしい。

 南十字星を見ることのできる沖縄の小さな島に,若い駐在がやってくる。過疎で人口の減っていく島の住民に対し,お節介にも前向きに頑張ろうと言い続ける。ただ,この警官は,東京の組織犯罪対策担当の優秀な刑事だったが,失敗があり,この島にきたことが徐々にわかってくる。わかったような投げやりなことしか言わない元校長はじめ,行きがかり上,親のように面倒を見なければならなくなった中学生と小学生の姉弟まで,この駐在はやがて島を出て行くのだろうと思っている。

 脚本は,『ちりとてちん』の藤村有紀で,一人一人の登場人物が類型的にならぬよう,よく考えられており,毎回,ほろっとさせられる場面がでてくるのはさすがである。

 離島熱血男の話で「またか」と誰でもが思うのは無理はないし,その側面もあったのは否めない。それに,全体的に地味だった。夏未エレナただ,いやに現実的なところや,ひどくおかしいところもあり,全体としては上出来である。

 気になっていたのは,この話をどのように終わらせるのかということだった。島を去ることはできなくなっているし,ただ,島に居続けるというのでは,それこそ現実味がない。少々,乱暴な展開となったが,まあまあ,観る者が納得でき,満足できる結末になっていた。


2009年3月14日 (土)

本と映画とユーチューブ

 小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』(文藝春秋,2009. 359p.)は,期待はずれだった。祖父母に育てられている少年が,バスに住む男にチェスを教えてもらい,その男の死後,多少数奇な運命を辿るという話である。『博士の愛した数式』の数学にあたるのが,チェスである。何がもどかしいかというと,チェスのルールの説明まではあるが,それ以上は深入りすることなく,棋譜が美しい,流れるよう,真ん中に砦を築く,といった抽象的な表現で終わっているからである。『博士の愛した数式』では,数がなぜ美しいのかを具体的に説明していた。もちろん,チェスの決まり事を縷々説明しないと,チェスの手がどれほど興味深いかを伝えることはできないという事情はあるのだろう。ただ,これでは,薄っぺらな印象を受ける。また,老人ばかりが登場し,死の影がむやみに色濃いこと,太りすぎが二人も登場しメタボリック症候群問題を暗示していることなども気になった。

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Charliewilsonswar   『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』(Charlie Wilson's War,2007,マイク・ニコルズ)のDVDを観ていたら,ワシントンの街中でチェスをしている場面があった。CIAのエージェントが,昼休みに一人で4人と対局していた。

 1980年代中頃,テキサス州選出の下院議員チャーリー・ウィルソンは,事務所には四人もの女性秘書を置き,気楽な議員生活を送っていた。富豪ジョアンからアフガニスタンを支援するように頼まれ,現地に赴き,難民キャンプを見て,援助しようと決心する。そして,米政府の予算を使い,密かにアフガンゲリラに資金や武器を援助し,手も足も出なかったソ連の攻撃用ヘリコプタのハインドを打ち落とすミサイルを持ち込む。

 監督は,マイク・ニコルズ,脚本は,『ホワイトハウス』のアーロン・ソーキン,そしてトム・ハンクスに加えてジュリア・ロバーツ,フィリップ・シーモア・ホフマン,エイミー・アダムズが出演というまことに豪華なメンバーである。それにもかわらず,ほとんど話題にもならなかった地味な映画であり,簡単にまとめることのできる内容である。

 一人の議員を中心とするチームがソ連に勝ち,その崩壊をもたらしたという面と,アメリカの援助によりムジャヒディンと呼ばれる人々が強くなり,9.11が起きたという面とがあるが,後者のような皮肉な結果を,どう評価するのかもよくわからない。影の薄い映画だ。

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 巨大倉庫で働く「自律型ネットワーク・ロボット」/wiredvision(2009年3月11日)は,GAPの米国の配送センターで採用されているKiva社のロボットの紹介である。広大な倉庫で1000台以上のネットワーク化しかつ自律型ロボットが走り回っている。いかに自律的かというと,作業を自己管理できるだけでなく,「再充電に必要な1時間あたり5分の時間を、適切なタイミングで見つけ出す」ことができる。

 コストが削減でき,作業員とのコミュニケーションも上々で,「多くの倉庫において、作業員たちはロボットに名前を付け、名札をかけてやっている」そうだ。

 そして,ロボット「アシモ」を襲った災難


2009年3月 4日 (水)

『ミッツ : ヴァージニア・ウルフのマーモセット』

Mitz  シークリット・ヌーネス『ミッツ : ヴァージニア・ウルフのマーモセット』(Nunez, Sigrid.Mitz.杉浦悦子訳.水声社,2008.187p.)は,ヴァージニアとレナードのウルフ夫妻が晩年に飼っていたマーモセット「ミッツ」の伝記である。ヴァージニア・ウルフは,詩人ブラウニングの愛犬「フラッシュ」の伝記を書いたのに倣っている。

 マーモセットはポケットに入るくらいの大きさの小さな猿である。人間的でもありグロテスクでもある。南米の密林で捕らえられ,ロンドンに運ばれ,古道具屋にいたのをロスチャイルド夫妻が購入した。そのロスチャイルド夫妻から,子供のないウルフ夫妻に預けられ,やがて譲られた。夫のレナードは細かな世話をする性格で,関節が腫れ,湿疹のあるミッツを健康にし,夫妻は,パーティなどや旅行に連れ歩く。

 ミッツは既に飼っていた犬とは次第に仲良くなる。この犬は老衰で死んでしまうが,代わりにきた若い犬には,距離を置いたままである。夫妻は,新しい犬に喜んでいる自分たちに比べ,ミッツの忠誠心というか義理堅さに打たれる。家の外に放すと高い木に登って下りてこない。木の下でヴァージニアとレナードが寄り添うと,嫉妬を覚えて直ぐに下りて来る。

 ミッツを通して,ブルームズベリーグループやホガース・プレス,それにヴァージニア・ウルフが執筆で苦しむ様子,さらに第二次大戦に向かう欧州の情勢が,抑制のあるユーモアを含んだ筆致で語られていく。

 動物園でも4年までしか飼育できなかったマーモセットをウルフ夫妻は,4年半以上飼った。


2009年3月 2日 (月)

『科学者たちの奇妙な日常』の文体

Kagakusha 松下祥子『科学者たちの奇妙な日常』(日本経済新聞出版社,2008.214p.(日経プレミアシリーズ))は,応用化学分野で自己組織化を研究し,大学で自分の研究室を持つ出産したばかりの女性研究者の日常である。  研究者の生活は会社生活とどう違うかを常識のある大人の立場から説明し,特に誰に対する遠慮もなく,ポスドク,ハラスメントにも触れながら,納得できる至極まともな内容である。何より,研究者としての仕事にポジティブな姿勢が気持ちよい。

 けれども,その文体にはやはり驚いた。

 ではこのゴードン会議(Gordon Research Conference GRCって略します)についてちょっとご紹介。「なんだかよく分からないけど,選ばれた人しか行けないすごい会議」としか聞いたことがなかったのですが,いざ行ってみると参加者そのものは結果が出ている方ばかりではなく,学生さんとかもいらっしやいました。ま,私が参加してる時点で読める展開ですけど☆  
 でもですね。そのですね。口頭発表として呼ばれている方はレベルがめ-っちゃすんごくて。なんていうんだろう・・・・・その分野の代表選手が集まってて。どの講演も聞き逃したくない,って感じなんですよ♪

 

 んで,この特許の貢献度の割合ですけどね-。これやっぱり,ボスによります
 

 この「んで」は,多用されている。

   
 んで,プルーフを提出したら,もう後は雑誌に掲載されるのを待つばかり。と思うでしょうが・・・・・実はもう一つ,大きなお仕事が。

 著者はどうしてこうしたのだろうと思った。まだ進路の決まらない高校生に向けて親しみやすい文体を心がけたのだろうか。ご自身のブログや電子メールの文体を本の形で残そうというのだろうか。編集者に押しつけられたのか。

  余計なこととは思いつつ,気になった。


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