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2007年12月30日 (日)

年賀状はなくならない

Photo 2005 「年賀状 私も書くからあなたもね」
2006 「あなたからも来るとうれしい年賀状」
2008 「年賀状は贈り物だと思う」

 郵便事業株式会社が発足したのは2007年10月1日からであるが,郵政庁のときから,年賀郵便事業は変わらない。一時中断していたキャッチフレーズも今年から再開した。

 年賀はがきの発行枚数は,2004年度の約44億6千万枚をピークとして,年々減少している。2008年度は約36億2千万枚で,2004年からは2割近く,昨年からは4.6%減っている。昨年は,それに遅配もあった。

 ところが,今年は追加発売があり,結局,40億枚を超えて,前年比5.8%増となるらしい。それに25日までの投函分の元日配達に対策を講じているらしい。

 毎年,年賀状の準備をしてきたが,憂鬱である。以前は,宛先も手書きであったが,十数年前からパソコンによる印刷にした。それも相手によって,パソコン化への時期をずらした。これは,世の中の様子をみていたのであった。つまり,大勢に従おうとしたわけで率先する気はなかった。

 宛先をパソコンで印刷するためには,名簿ファイルを整備しなければならない。これが結構面倒である。本来,前年に来た年賀状(+欠礼通知)を一枚一枚見ながら,宛先と一言を書くのがよいと思われるが,宛先だけ印刷すると排列の点で手間がかかる。

 年賀状は年賀メールに変わっていって,衰退するはずだった。もう,六,七年前に,これからは年賀状を止めて電子メールで年賀の挨拶をすると宣言し,実行した方がいたが,結局は,年賀状に戻られたようである。年賀状は相互のものだから,年賀メールがきても,それに対応して自分も年賀メールにするというわけにはいかない。また,メールになさった方に年賀状を出す気にはならない。

 問題は,年賀状の本体に何を書くかである。長い近況紹介を書く場合,注意しないと自慢話か,あるいは気負った意見の開陳となりがちで,あまりよい印象を持たれない。

 年賀状で重要なのは,毎年出すということであり,その役割は,昨年と変わらないということを報せることだ。従って,前年とは少し変わった模様で「本年もよろしくお願いします」とあるだけでよいはずである。

 ところが,手書きで一言が重要となっているので,一人一人に別の言葉を書こうとすると時間がかかることになる。

 年賀状は習慣でマンネリであるので強く,そう簡単に形が変わることもなくなることもない。

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2007年12月 2日 (日)

普通の家族はどう怖いか

 岩村暢子『普通の家族がいちばん怖い 徹底調査!破滅する日本の食卓』(新潮社,2007,222p.)は,食卓から見た現代の日本人の姿である。驚くべき内容だが,誰でも思い当たることがあるに違いない。

 主婦たちが取込み中の実家に正月帰省しないのは,「してもらえない」からだけではない。 義母が怪我をしたため正月は夫の実家に行かなかったという主婦は,その気持ちをこう語る。「だって,舅はコンビニのおにぎりが何日続いても平気な人だから,私たちさえ行かなければ夫婦二人でどうにでもなるじゃないですか。こつちが行ったら,私たちのために料理しなければならなくなって大変でしょう?」(39歳)と。主婦自身が料理をする気はない。「だって,そんなことはしたことないから,されたら向こうだって (どんなことになるかと)恐怖なんじゃないですか」と言う。手伝わず「してもらう立場」が前提の,彼女なりの気遣いのつもりなのかもしれない。「去年,主人の母が手を骨折したので,今年のお正月は行くのを遠慮したんです」(38歳)と言う主婦の気遣いも同じものだ。 「夫の実家はお寺で,お正月は忙しい時期なので帰省できないんです」 (33歳)とか,「主人の実家は旅館をやっていてお正月が忙しいんで,私たちは一回もお邪魔したことがないんです」(38歳)などと言う主婦たちも,「してもらえないから行かない」と言うより,「大変な時に,してもらうのは気が引ける」と,自分たちが「お客様」 であることを前提として気遣いをしている。

Futsunokazoku この「フツウの家族の実態調査」(クリスマス・お正月編)は,1999年から2000年と2004年から2005年に行われた写真記録をともなう日記式調査とグループインタビュー調査の結果をもとにしている。日記式調査の対象者は首都圏在住の子供を持つ主婦223名で,グループインタビューはその中の62名を対象にしている。例えば,菓子パンと牛乳だけが置かれた元旦の食卓に写真がある。

 普通の人たちの日常生活や意識を調べるのは難しい。自分自身を典型例と考えてしまうので,調査項目や方法,解釈に偏りが入りやすい。質問紙調査では,ここで明らかにされているような実態を知ることはできなかっただろう。著者が40回も日記やインタビュー記録を読み直してつかみ取ったこの実態にはただただ驚かされる。しかも,分析は深く,その結果には強い説得力がある。  ここで,取り上げられているのは,「主婦」であるが,これを読んで「いまどきの主婦は」と言うわけにはいかない。では,その「夫」を対象にしたら,さらに「怖い」ことが明らかになるはずである。

 現代の家族は,起きてくる時間もバラバラ,寝る時間もバラバラ。食事のときに,食べるモノも食べる時間もバラバラ。休日にしたいことも,する時間もバラバラ,行きたい所もバラバラだ。それは,子供たちがわがままを言うせいだけではない。親自身が強い「私中心」で,自分の気分や好み,都合,ペースが尊重されるのは当たり前のことだと考えるようになつているからである。 正月元旦の,家族バラバラの殺伐とした食卓光景は,そんな家族が「正月元旦でさえ」やっぱり普段同様,互いの自由を侵すことなくマイペースで過ごそうとする姿だつたのである。「正月は家族揃って祝うもの」という原イメージはまだ人々の心の中に残っているものの,現実はそう思っている人々の足元から既に崩れようとしている。今では,元旦に「家族揃って祝い膳を」と家族に呼びかけるおじいちゃんの方が,理解し難い遺物のように言われている。

 この本は,「本当はいま,普通の家族がいちばん怖いのかもしれない,と私は思う」で終わるのであるが,その後に続けて記述されていることもまた恐ろしい。

 「私は日本の家庭の伝統行事を大事にしていきたいという思いが強いので,お正月らしいことや日本にしかない伝統もきちんと引き継いで,子供に残していきたいと思っています」という主婦は,屠蘇が嫌いで,母や義母の御節作りを手伝ったことがないことが判明する。事実とはまったく異なることを平然と述べ,自らの現実とはかけ離れた考えや将来の展望を堂々と語る主婦たちが大勢いるのである。

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