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2007年2月25日 (日)

ラグビー六か国対抗:超えられない壁を超えて

 2007年2月24日,ラグビー六か国対抗の第三週が行われた。

 2戦全勝のイングランドはアイルランドと対戦した。ラグビーではサッカーと違ってアイルランド協会(ユニオン)は,1879年からアイルランドと北アイルランドが統合されて結成された。国も宗教も関係ないのである。そのため,イングランドに対する敵対心はさらに強い。

 アイルランドのクローク・パークという欧州で4番目に大きく8万人収容の競技場での今回のアイルランド対イングランド戦は,歴史的な試合となった。宮本あさか「【6nations情報】伝説のクローク・パークで優勝大本命直接対決!」には,次のように書かれている。

 アイルランド独立戦争真っ只中の1920年11月21日,このクローク・パークにて,ゲーリックフットボール観戦中の市民14人がイングランド警察により射殺された。そしてアイルランドの歴史に深い傷跡を残す「血の日曜日」事件の舞台では,これまでゲーリックスポーツ以外のスポーツイベント開催が禁じられてきた。つまり長きに渡ってクローク・パークの芝の上で行われてきたのは,サッカーとラグビーを混ぜ合わせたようなアイルランドの国技ゲーリックフットボールやら,スティックと小さなボールを使用するホッケーに似たハーリングといったアイルランド独特のスポーツだけ。かつての敵国イングランド生まれのラグビーやサッカーを,国技の殿堂に持ち込むなんて言語道断だったのである。(中略)しかし2005年,ゲーリック体育協会がついに,クローク・パークを一般スポーツへと開放することを認めた。とはいえ,老朽化に伴う国立競技場ランズダウン・ロードの改修工事期間中「限定」という,一時的な開放ではあるが。それでもアイルランド首相であり,熱狂的なゲーリックスポーツファンのアハーン氏は,「スポーツにとって,わが国にとって,わが国のイメージにとって素晴らしいこと。記念すべき瞬間である」と,この小さくて大きな一歩を大歓迎だ。

Ireland_2

 というわけで,スタジアムを埋め尽くしたアイルランド人の前で戦うアイルランドチームは,奮起し,イングランドを43-13で下した。これほどの大差がついてイングランドが負けるのは珍しいことである。ホームの力はすばらしい。

 さて,イタリアはエジンバラのマレーフィールド競技場でスコットランドと戦った。ラグビーの世界では,イングランド,スコットランド,ウェールズ,アイルランド,オーストラリア,ニュージーランド,南アフリカ,フランスが八強である。イタリアは,2000年に五か国対抗に加えて貰った。しかし,なかなか勝つことはできなかった。ようやくホームで勝ったのは確か2004年である。

 超えられない壁を超えるには,アウェイで勝つしかない。そして,ついにイタリアは,スコットランドに37-17で勝った。イタリアのフォワードは強く,後半の後半にはスクラムで圧倒し始め,最後のスコットランドの猛攻を凌ぎきった。ホームは関係なかった。

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2007年2月23日 (金)

西国三十三所第三十番札所宝厳寺から第三十二番札所観音正寺

 次の札所にもまたいろいろと面倒なことがある。第三十番札所宝厳寺というのは,琵琶湖に浮かぶ竹生島にある。今回,島に大勢の小学生がいたので,関西では竹生島は遠足のコースになっているのかもしれないと思ったが,観光客にとっては,わざわざ竹生島に行くということはほぼありえない。東京の遠足のメッカはまだ高尾山のようだが,東京に来る観光客は高尾山には行かないだろう。竹生島の存在は観光客には知られず,ましてや竹生島に行くことができるということ自体,想像外だろう。

 実際には,彦根,長浜,今津から竹生島行きの観光船が運航されているので,それに乗ればよいのだが,12月から3月までの間は,このあたりは北国であるから,ほとんどの航路が運休してしまう。

Chikubu  2006年11月のこと,彦根の駅から彦根港まで行き,船に乗る。立派な船で,座席は150席ほどだが,乗客は15名程度である。昨晩から風が強くなるという予報だったので,波が高くなって揺れるのをおそれていたのだが,それほどではない。また,時々陽の光がさす。40分と結構かかって竹生島に到着。前に来たときより,みやげ物屋が減っているような気がする。古くさいというか過去の観光地という印象は否めない。宝厳寺へは,急な長い石段を登らなければならない。ようやく参詣をすませ,休んでいると,次々と小学生のクラスがやってきた。精力的な小学生にとってこの階段はどうだっただろうか。

Chomei  彦根に戻って,次の札所である近江八幡にある第三十一番長命寺に向かう。前回は,様子がわからず、麓から階段を登った。今回は,八合目くらいまで車で行った。この寺からは,琵琶湖の東岸が俯瞰できる。

 次は,第三十二番観音正寺である。前は,ここも麓から歩いて登った。この登り道がきつくて,というか,とても歩きにくい登山道で,前回は最も難儀した箇所の一つである。階段のようなものがあるのだが、これが人間工学的にみてどうかという代物である。ようやく登り切ったら,寺には車があり,車道があるのを知って,何とも腹立たしかった。今回は,教訓を活かして車で登山道を登る。途中,かなり紅葉していた。

Kannon_1  この観音正寺のある観音寺山のすぐ脇を新幹線が通っている。いつも新幹線で通るたびに,この山を見ている。観音寺山の上から見ればは,新幹線の列車は、手前から走っていって近江平野の向こうに消えていく,そして,こちらに来る列車は,はっきりしない形から始まり,次第に堂々たる姿になって下を通過する。距離があるので,速さをあまり感じない。ともかく見飽きない。

 今回,この寺にはいやいや来たのだが,あまりに景色がよく,控えめなたたずまいでもあり,また訪れたくなった。

 東海道線は,新幹線に対し,観音寺山を挟んだ反対側を走っているが,そのさらに琵琶湖側に安土城址がある。東海道線は見えないが,ここを走るJR西日本の看板「新快速」には,この半月ほど前の2006年10月21日に大きな変化があった。それまで,長浜までだった新快速の運転が敦賀まで延長されたのである。そこには、交流電化区間の変更という鉄道ファン向きの話題がある。敦賀まで行きたいが,さすがに日が暮れてきた。

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2007年2月21日 (水)

マッサージチェアと至福の時間

 先日,温泉に行った時,浴室にマッサージチェアが置いてあった。これまで,マッサージチェアに関心を持ったことはなく,当然,使用したこともなかった。かつてはあまり凝らない体質と思い込んでいたが,そうではなく,普通に凝ることは,よくわかっているが,マッサージチェアは,何だか年寄りくさい。

Massagechair  しかし,入浴後の開放感,まわりに誰もいないという好条件と,マッサージチェアの手の部分についているコントロール装置のハイテク仕様への好奇心から,思い切って使ってみることにした。

 革と布に覆われたマッサージチェアに腰を落とすと,身体が沈む。両足は,半足輪でがっちりと捕らえられる。コントロールパネルには,「全身疲労回復コース」,「肩・筋肉疲労改善コース」など5種類のメディカルコースと「おやすみコース」,「おしりコース」など3種類の快適コースがある。よくわからないが,「疲れやすい,元気が出ない,全身のコリや疲れをほぐしたい時に」と説明のある「全身疲労回復コース」を選んだ。

 早速,動作が始まる。後で調べてその名を知ったが,いくつもの「モミ玉」が様々な力,ふるえ方で背中から腰までを襲ってくる。思ったよりもバラエティがあり,人間では出せないほど強い力である。これなら,少しくらいの凝りなど何でもないだろう。至福の12分はあっという間に過ぎた。他のコースも試してみようかとは思ったが,一度に刺激を受けるのはよくなかろうと自制が働いた。

 しかし,感動的な機械だった。最近では,日本にきた外国人が,このマッサージチェアの威力に驚き,買って帰ることが多いというのも理解できる話である。25万円から50万円というお値段ではあるが。

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2007年2月12日 (月)

西国三十三所第二十八番札所成相寺巡行

Hashidate_map_1  三十三所の西端は姫路の第二十七番圓教寺で,その次は一転して北の日本海沿岸に行かなければならない。第二十八番札所成相寺は,観光地の天橋立の近くにある。次の第二十九番松尾寺は,少し離れた舞鶴にある。松尾寺を先にしたいが,これも順番を守る必要がある。

 箱根では湯元から登山鉄道電車,ケーブルカー,ロープウェイ,そして船を乗り継いで元箱根にいたる観光ルートがある。ここ天橋立からは,スケールは幾分劣るものの,船,ケーブルカー,バスを順番に乗っていくと成相寺に到達するルートが開発されている。こちらのほうが古いのかもしれない。

 2006年11月上旬の平日,北近畿タンゴ鉄道の天橋立駅に到着。記憶にない近代的な駅舎である。駅前で判断に迷う。天橋立には,これまで数回来ていて,この回遊ルートも通ったことがあり,また,同じ行程を辿るのは気乗りがしない。遠回りになるがタクシーで直接に寺に行ったほうが早いし,次の東舞鶴に行く時間の余裕もできる。

 けれども,折角の快晴であるので,船の乗り場に向かう。狭い海路に面した道を歩いて船着き場に行くと,ちょうど船が出るところだった。日本海の若狭湾の一部である宮津湾のさらにその一部を天橋立という細長い州が遮っていて,奧に阿蘇海が拡がっている。阿蘇海は細い水道で宮津湾と繋がっている。内海の阿蘇海は,風は強いが波はそれほど高くはない。黒松の生い茂る州である天橋立に沿ってその阿蘇海を船は走る。行き来する観光船から餌をまいていて,船の周囲にカモメが群れ集る。12分で対岸に到着。

Hashidate_1_1  ここには大きな駐車場があり,観光バスが並んでいる。高台にある展望台までケーブルカーとリフトがあるが,結構,観光客が並んでいて待たなければならないほどである。

 ケーブルカーを降りたところが展望台で,天橋立と阿蘇海,天気が良いのでさらに宮津湾,半島が一望できる。雄大で変化のある,風光明媚と言っても恥ずかしくない景色である。

Hashidate_2_1  観光客はここまでであるが,巡礼者は,さらにバスに乗って急な山道を成相寺へと向かう。バスの運転手の説明から,昨冬の豪雪と2004年の台風23号が寺と参道に大きな被害を与えたことを知った。豪雪と台風の被害は,成相寺一帯だけでなく,広い範囲に及んでいて,ようやく復旧されかけたところらしい。

 バスの降り場は,前回よりも寺に近く場所に変わっていた。また,出来上がったばかりの五重塔があった。

 そして,この巡航路を逆に辿って天橋立駅に戻った。日本三景は,松島にせよ厳島にせよ,いまひとつという印象が強いが,この天橋立のように,時期,天候さえ適えば,名所となりうるようだ。要するに季節を変えて何回も行かなければ本当のところがわからないのが日本三景であるらしい。軽々しい批判は慎まねばならない。

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2007年2月10日 (土)

高島俊男「新・お言葉ですが…」がウェブで始まる。

Takasima1

 噂は聞いていたが,高島俊男「新・お言葉ですが…」が草思社の「Web草思」で2007年2月8日から始まった。

 2006年8月の「週刊文春は,高島俊男氏「お言葉ですが…」をなぜやめるのか」のような不可解な状況で連載中止になった。

 ウェブなら,字数を気にせず,長くもできるし,具合がよさそうである。第1回の「雑話二則(1)」は,約3500字であり,読むほうにはこれくらいがよい。引用部分もわかりやすい。

 高島先生が直接にパソコンに向かうとは思われないので,多くの手助けで出来上がったと推察される。

 細かな話題や過激な主張もあるので週刊誌向けだと思っていたが,本当はウェブに向いたコラムなのかもしれない。

 次回は,2月15日ということであるから週刊誌同様,毎週木曜発行であるらしい。読者からの質問,意見も掲載して,長く続いて欲しい。

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2007年2月 8日 (木)

戸惑わず,腹も立たない国会図書館の利用法

 それでは,国立国会図書館東京本館の利用法である。

 最初に理解しておかなければならないのは,国会図書館は他の図書館とは大きく違うということである。行ってみれば,おそらく,数々の戸惑いや怒りを感じるはずだが,それは,自分の無知のために起きることであり,違っているからけしからんということであるにすぎない。一方,国立だからといって,何ら怖れることはない。かつては一般の人々には,極力使わせたくなかったようだったが,現在は顧客第一に転換している。

 また,具体的に見たい調べたい本があったほうがよい。現地で考えようとしてもよい結果とはならない。  極度に静かな空間であり,客はほとんどは一人で来ているので,二人以上で行って,大声で話していると嫌われる。心細くとも一人で行くべきである。

 念のために,出かける前に国立国会図書館東京本館のページをみて,休館日を調べておいたほうがよい。2004年10月になって,休館日が減ったし,夜も午後6時までの受付となったのは,格段の進歩である。それ以前は,まるで不定期に休んでいるようだった。国会図書館の入口まで行って閉まっているのをみて脱力することがよくあった。今は,土曜日も開いているし,定例の21日にだけ気を付ければよい。

 もう一つ,行く前に行っておいたほうがよいのが利用登録である。これは,登録利用者制度による登録で,事前にできるが,やや面倒ではある。しかし,国会図書館に入る時に少し楽で,自宅からの郵送複写サービスを受けることができるという大きな利点がある。

Ndlmap_1  今の国会図書館には,登録者用とそれ以外の人々用の二つの入口がある。実はどちらからでもよいのであるが,最初にしなければならないのは,持ち物を全てロッカーにしまうことである。図書館内に持ち込むものは透明な入れ物に入れる。ロッカーの入口に,透明のビニール袋があるので,その中に入れておく。このビニール袋は丈夫だが,気になるなら,持参してもよい。

 次の作業が,館内利用カードの発行である。このカードがないと図書館の中で何もできないし,第一,ゲートから入ることができない。登録していて,登録カードを持っているか,IDとパスワードを知っていれば,すぐに館内利用カードが発行される。登録していないと,住所や氏名を入力しなければならない。

 こうしてカードを持ったら,ゲートから入る。次に向かうのは,多数設置されているパソコンである。パソコンの前にカード読み取り器があるので,そこに,今,得たカードをセットする。そうするとパソコンが使えるようになり,目録の検索ができる。

 目録で,読みたい本を見付けて,左下のボタンを押して,いくつか手続をして申込となる。本は,いちどきに3冊まで借りることができる。

 国会図書館では,普通の図書館のように書架があって蔵書を手に取ることができるようになっていない。また,もはやカードはない。本の形の目録はあるが,新しいものは探すことができない。パソコンで目録を探す以外の方法はもはや存在しないのである。これを,けしからんと怒っても仕方ない。おとなしく係員に手伝ってもらうしかない。

 パソコンからの手続で終了した閲覧申込は,自動的に書庫内の担当箇所に送られる。担当の係が,本をしまってある所まで取りに行く。その本はカウンターまで届く。従って,届くまで待たなければならない。カウンターの前のモニターに自分のカードの番号が表示されるまで待つ。待ち時間は20分から30分とされている。パソコンの目録画面からも申し込んだ本がカウンターに到着したかどうかがわかる。

 カウンターでカードを提示して借り出した資料は,読むか,複写するかである。普通は,一部分を複写する。そこで本を持って,複写申込用のカウンターに移動する。複写申込用紙を書くのであるが,ここにもパソコンがあり,やはりカードを読み込ませると,貸出中の資料名がリストされるので,該当資料を選択すると,資料名などが記入された申込用紙がプリンタから印刷されて出てくる。ページ数のみを入れればよい。本の複写する箇所にしおりをはさむ。

 これを,複写カウンターに持っていく。複写のできあがりまで,また30分ほどかかるので,モニターに自分のカード番号が出るまで待つ。

 複写した本を貸出カウンターに返さないと次の本を借り出すことができない。ただ,これは本の場合で,雑誌はカウンターが別であるし,本の3冊制限外で借り出すことができる。

 そうしたわけで,本と雑誌を何点も調べたり,複写する場合には,あらかじめ戦略を考えておく必要がある。そうしないと待ち時間ばかりとなり,思わぬ時間がかかる。

 ともかく初めて行くと戸惑うことばかりである。腹を立てて,カウンターにいる人々や説明係に,税金や公務員がどうのこうのといった苦情を言っても,彼らのほとんどは,正職員ではなく,委託先の人々であるからそれはやめたほうがよい。それに図書館の中で,不満を言っても,同調者は多分いない。

 国会図書館は,客が多く混雑しているが,整然と事が運んでいる。係員以外は,読む人,パソコンの前の人,待つ人である。圧倒的にパソコンの前の人,待つ人が多いように見受けられる。

 確かに「手続きの帝国」(岸本佐知子『ねにもつタイプ』)なのであるが,普通に手続を進行させれば,必要なものは手に入る。次第に,よくできた合理的な仕組みであることがわかってくる。それに,探す人と待つ人ばかりの静かな巨大な空間は,外部からも日常からも切り離されていて,無機質ではあるがかなり居心地がよいように思えてくる。

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2007年2月 6日 (火)

岸本佐知子『ねにもつタイプ』と国会図書館

Nenimotsu  岸本佐知子さんの新しい本『ねにもつタイプ』の出版広告を見たので,急いで本屋にいったら,平積みになった本の中でこの本の置いてあるところだけが谷のように深くなっていた。訳書は多いが,自分で書いた本は『 気になる部分』だけのはずである。一冊だけで,大勢のファンができてしまったらしい。

 エッセイ集であるが短編集のようである。

 実は誰でも世の中の間に隙間があるのだが,気付かないでいる。ところが,無類の観察力を持つ著者は,そこを突いてくる。(「星人」,「じんかん」)

「ニュースなどで『犯人は訳のわからないことを話しており』というのを聞くと,その”訳のわからないこと”がどんな内容なのかむしょうに知りたくなる」(「むしゃくしゃして」)

 驚くのは,子供時代の記憶を大人の目で修正せず,そのまま,つまり子供の時にみたままで保っていることである。ミシンが不思議だった(「マシン」)り,高校のころ,生徒たちがパンを買う袋で学校出入りのパン屋さんと文通していた(「一度きりの文通」)りしたのを正確に覚えておられる。

 「私はまたある時期,走っている電車の床下には人が一列に並んでいて,一斉にせんべいをかじっているのだと信じていた」,「日本語を逆さから読むと英語になると信じていた時期もあった」(床下せんべい)

 さて,岸本佐知子さんは時々,国会図書館に年に一度出かける(お隣さん)。今や,国会図書館では「目指す資料にたどり着くまでには数々の手続きを経なければならず」,「まるで数々の障害を乗り越えて『手続きの帝国』を攻略していくようで,面白い」のである。これは,実際に行ってみなければわからない。

 ただ,国会図書館の手続は,2年半前からもっと過激にシステム化されたので,この本に出てくる手続は少し古い。この頃はまだ和図書のカード目録もあった。本が出るのを待つ間に,著者は,著者目録で自分の本を探し,さらにカードで自分の一つ前の「岸本Q助」という人に着目するのである。

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2007年2月 4日 (日)

ラグビー:ジョニー・ウィルキンソン選手の復活劇

Wilkinson0203  ラグビー六か国(イングランド,スコットランド,ウェールズ,アイルランド,フランス,イタリア)対抗の開幕戦があり,200723日,イングランドは,地元ロンドンのトゥイケナムでスコットランドと対戦した。

 イングランド代表は,低迷中で,昨年11月に南アフリカ代表に勝つまで,7連敗だった。今秋,ラグビーワールドカップがフランスで行われるが,体制を立て直さなければならない。

 前回,4年前にオーストラリアで開かれたワールドカップでイングランドは優勝した。この時の立役者がスタンドオフのジョニー・ウィルキンソン選手だった。どのような角度や距離からでも独特のポーズでのキックを決め,攻撃にも防御にも力を惜しまない。大一番でも実力を発揮できる選手である。4年前にはデビッド・ベッカムと共演したテレビCMが作られ,日本でも少しは知られている。前回ワールドカップ決勝戦では,最後の最後にウィルキンソン選手の劇的なキック(ドロップゴール)でイングランドが優勝した。

 ところが,この後,ウィルキンソン選手は,靱帯損傷から肝臓破裂まで次から次と怪我や病気に襲われる。中継の中でウィルキンソン選手が戦った病気,怪我のリストをアナウンサーが読み上げたが,十を超えた。この3年以上,満足にラグビーはできなかった。その間,イングランド代表は低迷した。

 そして,病の癒えたジョニー・ウィルキンソン選手は,今年のリーグ戦でまだ一戦,それも試合の半分しか出ていないのに,代表に召集され,この日,先発した。

 試合の初めにどこか切ったのか,口のまわりを血だらけにしながらウィルキンソン選手は奮闘,地元のテレビ局制作の中継番組は,血を流す姿や果敢にタックルに行く姿を何度も心配そうに映し出すす。

 試合は,スコットランドが自陣で反則するたびに,ウィルキンソン選手のペナルティキックでイングランドが徐々に加点し,引き離していく。イングランドはかつての堅実な試合ぶりに戻り,選手たちが次第に自信を強めていくのが手に取るようにわかった。

Wilkinson0203_2  後半,ライン際を走ったウィルキンソン選手は,際どいタイミングでトライをあげた。満員の観客の喜びぶりはすさまじかった。イングランド中が湧いたことだろう。

 スポーツヒーローの復活というまことに劇的な,なかなかない場面をみることができた。

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2007年2月 1日 (木)

西国三十三所第二十七番札所圓教寺の意外な訪問者

 どこの寺が好きかと問われて,答えることのできる非宗教関係者がそれほどいるとは思えない,第二十七番札所書写山圓教寺は,西国三十三所の中で長谷寺に次いで,気に入っている寺である。姫路の町からは少し離れた書写山の上にあり,姫路市街から瀬戸内海を見晴らすことができる。山陽自動車道のガードをくぐったところに書写山ロープウェイの山麓駅がある。ここからロープウェイで山上駅にいたる。

 前回,来たときには,登りはロープウェイに乗らなかったように思う。調べが足りなかったようである。

 しかも,ロープウェイ山上駅には,バス乗り場があり,マイクロバスが摩尼殿近くまで運んでくれる。この摩尼殿には巨大な舞台がある。比較的新しい建物であるが,圧倒される。この建物の中に秘仏の観音様があり,納経場がある。

Shosha1  このロープウェイは,検査のため数日間,運転休止がある。たまたま,運転休止を告げるポスターをみたが,そこには,次のように書かれていた。

なお,点検検査中はロープウェイのご利用はできませんので,西国巡礼のご朱印,納経はロープウェイ山麓待合室にて出開帳を行っています。
時間 8時30分~17時
 要するに,点検のためロープウェイが止まっている時は,山麓の駅で印をもらうことができるのだ。便利と言えば便利であるが,観音堂で観音様に参らなくてよいのか,印を貰うのが目的なのか,という素朴な疑問がわく。それなら姫路駅に出張してもよいのではないのか。いっそのこと三十三所をひとところに集めてもよいのかもしれない。全国駅弁大会のように。

Shosha2  さて,摩尼殿からさらに奧へと歩いていくと,「大講堂」,「食堂」,「常行堂」という大きな建物に囲まれた広場に出る。この圓教寺が好きなのは,主としてこの日本離れした空間の存在にある。それぞれのお堂は個性的であるが,とりわけ「食堂」の存在感は群を抜いている。

 やはり,この広場に感動してしまったのが,映画『ラストサムライ』のスタッフで,勝元盛次の住居となった。来たのは渡辺謙ばかりでなかった。トム・クルーズが休憩した部屋は,観光名所となっているのである。

 後白河法皇,後醍醐天皇の行幸があったというだけで十分なのに,トム・クルーズまでも訪れた圓教寺はなかなかしぶとい寺である。

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