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2006年8月24日 (木)

『風の影』はいま一つ

 Safon_1

カルロス・ルイス・サフォン『風の影』(Zafon, Carlos Ruiz.La Sombra Del Viento.木村裕美訳.集英社,2006. 集英社文庫 上下)は,帯に「世界37カ国で500万部突破」と書いてある。

 舞台は,スペインのバルセロナ,時代は,第二次大戦が終わったばかりの1945年である。10歳のダニエルは,古籍商を営む父と二人で暮らしている。母は4歳の時に死んだ。夏の朝の午前5時,父は,ダニエルを初めて「忘れられた本の墓場」という膨大な量の古本がしまわれた倉庫に連れてこられた。そこの主であるイサックに,どれでも一冊,本を持って帰ってよいといわれ,選んだのが,フリアン・カラックス『風の影』という本だった。

 家に帰ってその本を読みふけり,著者のカラックスに興味がわく。父に尋ねたが,その名は聞いたことがないという。父の友人で大きな古書店主のバルセロに聞きにいく。バルセロは,幾らでも出すから『風の影』を売って欲しいというが,ダニエルは断る。カラックスの本を見つけだして燃やしている人物がいるのだ。しかし,バルセロ家に出入りするようになり,同居するバルセロの姪のクララに憧れるようになっていく。そして,カラックスについて調べ始めるが,謎は深まるばかりである。

 スペインの20世紀前半の歴史とバルセロナという魔性の都市を背景にした,恋愛ミステリ,ゴシックロマン,あるいは,ロバート・ゴダード的小説である。登場人物が多く,その関係も複雑で,覚えるのに骨が折れる。それに,登場人物はそれほど個性的ではない。女性はみな美人ばかりである。また,それほど時代背景と絡みあってはいないし,一人の悪役に全てを負わせる無理もある。本が中心でないのも残念だ。しかし,いくつか意外な出来事があって,少し驚き,主人公同様,全貌を知りたいという意欲が出てきて ,最後まで読むことになる。

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2006年8月12日 (土)

週刊文春は,高島俊男氏「お言葉ですが…」をなぜやめるのか。

Okotoba  週刊文春に10年余連載されていた高島俊男氏「お言葉ですが…」は,8月17・24日夏の特大号で終了となった。

 連載の始まった時からずっと読み,単行本になって,また読み,文庫になって,またまた読んだ。単行本には,コラムのテーマに読者からの投書があれば,それを加え,さらに,単行書に便りがあれば,それも付け加わる仕組みとなっていた。それもあるが,高島氏の書くものは,何度でも読みたい。開けっぴろげで,辛辣さも,諧謔も,飄々としたところもある一方,知識の深さを感じさせ,しかもわかりやすい文章である。

 最初の頃に,

 「おかしなことばが横行するものだ。『立ち上げる』」,
 「どういう意味であれ,『立ち上げる』ということばは,そのことば自体がおかしい。よじれている。分裂している」

とおっしゃるのを読み,同じ感じをもつ人がいるのだなと心強くなった。さらに,キライなことばを読者から募り,やり玉にあげたのが,「いやし,いやす」,「やさしい,やさしさ」,「ふれあい」,「まちづくり」,「いのちとくらし」,「思い出をつくる」などである。これらは,みな「気色がわるい」とおっしゃるのを伺い,ますます信頼感がつのった。

 ことばのことばかりではなく,高島氏の日常生活,家族のこともよくわかったし,戦時中についての一面的な理解を正そうとする努力もあった。

 しかし,なぜ,週刊文春は「お言葉ですが…」の連載を突如終えるのだろうか。
 単行本に関しては,今年3月に出た『お言葉ですが… 10』のあとがきで,これが「最終冊」と書かれている。売れ行きが悪いのだそうである。けれども,文藝春秋は,つい,最近まで「お言葉ですが…」の文庫本を出していたではないか,文集新書のベストセラー『漢字と日本人』の恩義を忘れたのか,「お言葉ですが…」を読むために週刊文春を買っている人がどれだけいるのか知らないのか,と言いたくなる。
 
 高島俊男氏が目を患われて,本を読み聞かせてもらっていることは,ご自身で書かれているので知っているが,それでも,最近のように,一字の間違いも許されない「予言」と「預言」の複雑な議論を延々となさっているではないか。

 これほど急に連載を打ち切り,本も出さないということが行われるのは,別の理由があるのではなかろうか。高島氏の「本の悪口」のせいで,誰かが怒ったせいのではないのかと疑いたくなる。

  どなたかの;「だれもがすることはするな」;というページで,『相生ライフ』紙に載った高島氏の正月随筆を読むことができる。この中で,高島氏は,「わたしの人生は失敗であったが」と書いていらっしゃる。もちろん,軽い気持で書かれたのであろうが,経歴などを考えると痛々しく思える。

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2006年8月11日 (金)

ドゥンガ監督の『セレソン』

Dunga  日本代表の監督になってくれないかと思っていたドゥンガ選手は,まだ若いのに何とブラジル代表の監督になってしまった。1995年から1998年までジュビロ磐田に所属,試合中に,他の選手を怒鳴りまくっていたドゥンガ選手は,最も尊敬するサッカー選手である。著書であるドゥンガ『セレソン』(東京,日本放送出版協会,1998. 199p.)を読んだ時,さらに尊敬の念は深まり,日本はワールドカップではとても勝てないなと思った。

 ドゥンガという名は,「白雪姫」の七人のこびとの一人の名前からとった愛称で,本名は,カルロス・ヴェーリである。ともかく1994年のワールドカップ優勝チームのキャプテンであり,なおかつ三度のワールドカップ出場者の言うことであるから重みがある。

 ドゥンガ選手は「私は,直面した問題を乗り越える能力のある人間になりたかった。私は障壁を超えられる何者かになりたいと思っていた」というように,精神的に強い人間である。ブラジルからイタリア,ドイツ,そして日本と環境が変わっても全然気にしないで,自分であり続けようとする強い意志を持っている。

 ドゥンガ監督が選ばれたのは,ファイティングスピリットの注入だけでなく,あらゆる批判を跳ね返すこうした強さがあるかららしい。

 日本人については,「日本人はほんの少しのことを覚えると,もうすべてを理解したような気になってしまう」,「日本ではひとりひとりがそれぞれの責任を追及し合うということはない」,「日本人は初めのうちこそ疑い深いが,いったん信用すると盲目的になってしまうところがある」など手厳しい批判をしているが,体験に裏打ちされているだけに説得力がある。

 またトレーニングにも問題があり,基礎訓練が十分でないと指摘する。さらに試合では,ポジショニングが悪いし,相互のコミュニケーションができていない,そして自分で考え,思考の速さをもっと速めなければならないと説く。

 8年前に処方箋を出してくれていたのだ。

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2006年8月 7日 (月)

F1でホンダ・バトン選手初優勝の感激

Button  もう,20年余り,F1を観てきたが,2000年に復帰したホンダ,そのドライバーとなったイギリスのジェンソ・バトン選手は,もう優勝できないかと思っていた。

 2006年度F1第13戦ハンガリーグランプリは,雨の中でスタートした。予選前に,総合1位のスペイン,アロンソ選手(ルノー)と2位のドイツ,ミハエル・シューマッハ選手(フェラーリ)には,違法行為があり,ペナルティとして予選のタイムに2秒加算となり,11番目,15番目のスタートとなった。バトン選手は,エンジン交換したためにやはり予選4位から10位降格となり14番目となっていた。

 あまり抜く個所のないハンガロリンクでは,下位スタートではかなり不利だった。ところが,レースの途中まで雨で,路面が濡れていた。雨用のタイヤでは,乾いた路面よりも抜く機会が増える。

 コースを外れてリタイアが続出する一方,アロンソ選手,バトン選手は,順位を上げていった。一時は,アロンソ選手が独走しかかったが,大きな事故で,セフティカーが入り,バトン選手との差が無くなり,さらに,タイヤ交換でミスがありリタイアした。

 バトン選手がトップに立って以後の残りの周回は,エンジントラブルなどが起きないか不安だったが,無事にゴールした。

 表彰式では,優勝したバトン選手の英国国歌とコンストラクターであるホンダの日本国歌が演奏された。ホンダが単独参戦で優勝したのは1968年以来とのことであるから,「君が代」が流されるのは初めてのことかもしれない。

 バトン選手は,期待されながら,何度か優勝のチャンスを逸してきた。また,ウィリアムズへの移籍のトラブルもあった。来期からウィリアムズのエンジンはホンダが供給することになったから,ホンダに残ってよかったと言えよう。

 それにしても,三戦前のフランスグランプリまでのホンダの状態は惨めであった。バトン選手は,予選1回目で脱落した。それが,ドイツグランプリから速さを取り戻し,今回の優勝まで来たのは,不思議である。

 雨の中の混乱があったが,バトン選手は,ウェット状態でもドライ状態でも速く,安定した走行だった。ただ,何か問題が起きないかと未だ不安である。

 ホンダが優勝するのは,こうしたことかと思った。721の解説者が感極まって泣くのもわかる。ようやく努力が実り,ホンダもバトン選手もどんなに嬉しいことだろう。


2006年8月 1日 (火)

奇怪な『隠し部屋を査察して』

Inspectingthevault エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』(McCormack,Eric P. Inspecting the vaults   増田まもる訳,東京創元社,2006, 364p. 創元推理文庫)では,久方ぶりにセンス・オブ・ワンダーを味わった。すれっからしになってしまい,このくらい,奔放あるいは,どぎつくないと刺激を受けないのは困ったことである。

20篇の短編からなるが,表題作『隠し部屋を査察して』,『刈り跡』,『趣味』は,わかりやすい。『隠し部屋を査察して』は「この地区には,六人の隠し部屋の住人と,十二人の管理人と,ひとりの査察官が住んでいる」が,主人公は査察官で,隠し部屋の住人の所業が語られる。ある男はその先祖の時代から荘園のまわりの天然の樹木を抜き取って,せっせと複製の木からなる人工の森を作ってきた。行政当局は,この森を焼いたが,そこからは,異様な動物の群が出てきた。動物の姿をしていたが,よくみると,目や口などが同体のあちこちにいいかげんに取り付けられていた。

また,別の男は,二十八年間,空いた時間で,スペインの無敵艦隊の全長45メートルのガリオン船の実物大模型を作り上げた。小さな町の町長だった女性は,町に月に一度の祭りを導入し,すべての住民に,隣人と衣服を交換して二十四時間だけ他人になりきるようにした。一つのエピソードだけでも長篇になりそうなアイデアが無造作に短編の中に収められている。

エリック・マコーマックはスコットランドで生まれて育ち,現在は,カナダに住んでいる。全体として奇怪で,部分的に猟奇的,グロテスク,エロティックであるが,解説の柴田正幸の言うように「病的な感じはしない」。純粋に読む楽しみを与えてくれる。

『祭り』は,ある町の三日間の祭りに参加する話であるが,二日目の祭りは,会場の体育館に何十万何百万というアリ,ゴキブリ,ムカデ,ハエ,バッタ,ハチなどの多様な虫が入ってきて,最後にきた種々の鳥の群がそれらを食べてしまうというものだった。

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