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2006年6月25日 (日)

審判のワールドカップ

 2002年の日韓大会ほどではないが,サッカーワールドカップで審判への不満は,やはり多いようである。

 オーストラリア戦で日本は負けていなかったという説がある。

 12日の日本・オーストラリア戦は,日本は3-1で負けたが,この試合の主審はエジプト人のエッサム・アブデルファタ氏であった。日本の先制点は,中村選手のフリーキックであるが,そのキックしたボールをキャッチしようとしたオーストラリアゴールキーパーを日本選手が邪魔しているように見えた。これについて,「この審判は試合後,主将のビドゥカと言葉を交わした際,『最終的にオーストラリアが勝ったので,神は自分の側についている。(自分の審判は)最終的に結果に悪い影響を与えなかった』と話したという」(スポーツニッポン 2006-06-13)。これはおそらく事実だろう。この審判は,後に,こうした発言をしたことを否定している。

 「FIFAのジーグラー広報部長は日本戦のジャッジについて,1-1の後半40分にゴール前でDF駒野が相手MFカーヒルに倒された場面はPKが与えられるべきだったと主張」(スポーツニッポン 2006-06-16)した。もし,日本にペナルティキックが与えられていたら,試合の様相は変わっていただろう。第一,カーヒル(ケーヒル)選手は,これで二枚目のイエローカードとなり,退場となったはずで,オーストラリアの二点目を入れることはなかった。

 普通の審判は,一方に偏った判定をしていると見られることをとても気にする。そして,凡庸な審判は,片方に有利になる判定をしたら,その後に,もう一方に有利な判定をしようとする。おそらく,日本の先制点を認めたことについて,アブデルファタ審判には,やましいところがあったのだろう。それを,終盤にオーストラリア側に有利なもう一つの誤審をして補ったのである。

 もちろん,今さらこんなことを言ってもどうにもならない。

 決勝トーナメントに進む日本人は,審判の上川主審,広嶋副審だろうと期待していた。しかし,イングランド・トリニダード・トバゴ戦で問題があったようで,その後は,主審を努めることはなかった。

 2002年の日韓大会,岡田審判はコッリーナ審判とタクシーに乗っていた際に,イタリアが敗退したことを知ったが,その瞬間に,コッリーナ氏が緊張するのがわかったという。コッリーナ氏が決勝の主審となるのは,確実とされていたが,それは,母国イタリアが決勝戦に登場しないことが条件だったわけである。

 審判には審判のワールドカップがある。

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2006年6月24日 (土)

ラグビー日本代表の善戦

Abj サッカーのワールドカップで日本代表の敗退が決まった直ぐ後の2006年6月24日,ラグビーの日本代表は,ニュージーランドで,オールブラックスジュニアと対戦した。

 ほとんどの人は知らないが,新聞のスポーツ欄の片隅に出ているように,これは,IRBパシフィック・ファイブ・ネーションズというリーグ戦の中の一試合である。国際ラグビーボード(IRB)は,北半球6か国,南半球3か国に続くリーグ戦となるよう2006年からIRBパシフィック・ファイブ・ネーションズを作った。

 日本の他,トンガ,フィジー,サモア,ニュージーランドの5か国の参加であるが,ニュージーランドはオールブラックスではなく,いわば二軍のオールブラックスジュニアが参加している。

 日本は,2003年にオーストラリアで開催されたワールドカップで,全敗ながらも,主催国のファンに評判のよい試合をした。しかし,その後は,低迷状態で,酷い負け方をしてきた。5月に始まったIRBパシフィック・ファイブ・ネーションズでは,トンガに57-16,サモアに53-9 と負け,その間に行われたイタリア戦52-6と合わせると,50点台対10点前後という負け戦続きである。

 今の日本代表のヘッドコーチ(何故だか「監督」と言わない。英語では同じだが)は,パートタイムのフランス人である。よく正体のわからぬ人物である。

 日本代表は1995年のワールドカップでニュージーランド代表,すなわちオールブラックスに145点を取られて惨敗している。この時,オールブラックスは,決勝トーナメント進出が決まっていたので,出てきたメンバーは,1.5軍だった。オールブラックスのレギュラーを目指すというモチベーションのある連中は,日本に対して容赦しなかった。

 こうした状況であり,サッカーの王者がブラジルなら,ラグビーの王者はオールブラックスであり,そのジュニアには,100-0くらいのスコアで大敗するだろうというのが大体の予想だった。

 試合結果は,38-8で,トライも一つ取ることができた。前半には,先取点をあげ,低いタックルで相手をひるませていた。地力の差で後半に得点されたが,30点差以上はミスマッチと言われるラグビーでは,アウェーでもあり大善戦だったと言える。

 サッカーワールドカップでは,主力を欠いたブラジルに日本代表は完敗した。オールブラックスジュニアのパシフィック・ファイブ・ネーションズの優勝が決まったが,「ジュニア,大丈夫か」と言いたくなる。


2006年6月23日 (金)

これからがワールドカップ

Wcbrasil  ドルトムントで行われたサッカーワールドカップのグループリーグ,日本対ブラジル戦は,1-4で日本は負け,16強には入れなかった.前半に得点を得てから10分間は淡い期待もあった.前半終了間際に,ロナウド選手にヘディングゴールで追いつかれてしまったのが痛かった.ロナウド選手と歩調を合わせたようにこれまで精彩のなかったブラジルチームは,これで急に本来の姿をとりもどし,後半,失点が3点で終わったのがむしろ不思議なくらいの展開となった.ロナウド選手もブラジルチームも,日本に感謝すべきだろう.

 今回,日本チームは,FIFAランキングでは18位で,出場国中10番目であったものの,賭屋のオッズでは,出場国の中で22,23位に位置していた.決勝トーナメントに届くか届かないかというあたりであり,「予定」通り1勝1敗1引分なら問題なかったのであるが,1敗2引分では無理である.結局,グループFは1強3弱であり,日本にもクロアチアにも大きなチャンスがあった.対オーストラリア戦も,対クロアチア戦も,わずかなところだった.運,不運の両方があったが,運は悪くはなかった.

 1998年のフランス大会は,日本は全敗で得点差は,-3だった.しかし,この時は,初出場であり,健闘したという感じがある.それでも,「気持が足りない」という的外れな批判があり,,帰国した選手に水をかけるような愚かな出来事もあった.2002年は,2勝1引分,得点差+3,グループ首位で,決勝トーナメントに進出した.今回は,得点差-5で,グループ最下位,唯一の進歩は,アウェイで勝点1を得たことである.はかばかしい成果とは言えないが,第3戦まで可能性を持たせるのが精一杯でした,といわれれば,そうかもしれないと思う.

 それにしても,中田選手が「気持ちが大事」というのは,当事者だからわかるが,解説者やタレントが,「気持ちさえあれば」等というのは,精神主義の臭いが漂って気持ちが悪い.

 日本が,グループリーグで敗退が決まると,日本のワールドカップ騒ぎは急速に沈静化するだろう.しかし,決勝トーナメントが本当のワールドカップだそうである。

 今回のワールドカップの試合をみていて,これまで楽しめたのは日本の試合ではない.日本の戦った3試合は,どれもワールドカップでは水準以下だったと思われる.わずかにブラジル戦の前半がまあまあだった.

 これまで良く知らなかった,イングランドのジョー・コール,スティーブン・ジェラード,ブラジルのカカ選手らの活躍を見ることができたのがよかった.さらに,リオネル・メッシ(アルゼンチン,18歳),クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル,21歳), ウェイン・ルーニー(イングランド,21歳) ,ロビーニョ(ブラジル,22歳),フレッジ(ブラジル,22歳),フェルナンド・トーレス(スペン,22歳),カルロス・テベス(アルゼンチン,22歳) 選手らが溌剌としている姿も印象に残る.

 2002年の時の日本の監督だったトルシエ氏は,ジーコ監督は,自分(トルシエ)が選んだ選手という遺産を食い潰してきたと述べている.今回の日本チームの選手は,27歳から29歳のあたりに集中し,20歳代前半は,24歳の茂庭,駒野選手だけである.世代間のバランスや今後のことを考慮して代表選手選んでいる国が多かった.日本はせっかくワールドカップに3連続出場したのに,次の南アフリカ大会では,仮に出場できても経験不足の選手ばかりとなることは避けられない.背中が寒くなる。

 

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2006年6月 9日 (金)

渋谷映画街の興隆

 先日,映画『ママが泣いた日』を東京渋谷の「アミューズCQN」という映画館に観に行った。全国でここでしか上映していない。「アミューズCQN」は,明治通りを原宿に向かった右側新築ビルの7,8階部分にある3スクリーンのいわばミニシネマコンプレックスである。渋谷には,シネマコンプレックスはないが,おそらく30館以上の映画館が乱立する多数スクリーン地帯になってしまった。

E_wood  この『ママが泣いた日』を観に行ったのは,エヴァン・レイチェル・ウッドが出ているからである。順調に子役から若手俳優に成長しつつあるエヴァン・レイチェル・ウッドは,姉妹を演じる同年輩の女優三人の中でも一人オーラを放っていた。

 エヴァン・レイチェル・ウッドのその前の出演作二作『サーティーン あの頃欲しかった愛のこと』は「シブヤ・シネマ・ソサエティ」,『ダウン・イン・ザ・バレー』も渋谷の「シネマライズ」で観た。「シネマライズ」は,スペイン坂上にあり,何度も行ったことがあるが,「シブヤ・シネマ・ソサエティ」は,探しあぐねた。携帯を持たない身には辛かった。

 別の日,『迷い婚/すべての迷える女性たちへ』を亀有のシネマコンプレックスのモーニングショーで観た。最近は,一つの映画館で,モーニングショーやレイトショーという形で一日に一回だけ上映することも多い。

 映画の上映は,今や,地域的,時間的に流動的になり,柔軟になってきている。目当ての映画を観るのはなかなか大変であるが,本来は,日本で公開されない映画が上映される機会が増えるので,結構なことである。

Jenifer_aniston  エヴァン・レイチェル・ウッドは,主演作が数本ある演技派女優なのだが,日本では,ほとんど知られていない。『迷い婚/すべての迷える女性たちへ』は,ジェニファー・アニストン主演である。ジェニファー・アニストンは,テレビドラマ『フレンズ』のレイチェル役であり,かつブラッド・ピッドの前妻であったから日本でも知名度はある。しかし,『私の愛情の対象』のような佳作もあるし,最新主演作の「The Break-Up」が全米興行成績で一位になったし,本当は性格俳優のジェニファー・アニストンは,日本では写真写りのよいコメディエンヌとしてしかみられていないので,主演作がヒットするのは期待できない。

 『ママが泣いた日』も『迷い婚/すべての迷える女性たちへ』が上映されたのは,ミニシアターと時間別上映制のおかげかもしれない。この二作品に脇役でケヴィン・コスナーが出ているのは偶然であろう。

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2006年6月 1日 (木)

先進の九州新幹線

Kyushushinkansen1  九州のJR各駅には,「あした,つばめと」という意味のよくわからぬ惹句の書かれた黒木瞳のポスターが貼ってある。しかし,九州以外の住民は,九州新幹線がどこからどこまで走っているのかは知らないだろう。2004年3月に。九州新幹線の鹿児島ルート(博多~鹿児島中央間)のうち,新八代~鹿児島中央駅間が開業し,1時間に2本ずつ「つばめ」が走っている。所要時間はわずか40分である。

 八代駅は,同じホームの片側で九州新幹線が,反対側には,博多からの特急「リレーつばめ」が発着する仕組みとなっている。新八代からの乗客はほとんどなく,大多数の旅客は,新幹線「つばめ」と「リレーつばめ」を乗り継ぐ。

Kyushushinkansen  車両は,800系と呼ばれる新型車両であって,グリーン車はなく,通路の両側共に2席であり,木を使ったシックな座席である。座席の色は三種類で,「古代漆」,「瑠璃」,「緑青」とこれも凝っている。全車が禁煙となっているのも結構なことである。

 新八代から鹿児島までの線路の敷設については,明治時代からいろいろ問題があったのだが,新幹線方式なら,地形にかかわりない。要するにトンネルばかりである。トンネル部分の割合がかなり高く,これでは地下鉄のようなものである。

 乗り心地もよいし,あっという間に鹿児島中央に到着する。はるか九州のかなたでは,あまり気付かれることなく,一歩ずつ先を行く,最も新しい新幹線が走っているのである。

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