« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006年4月28日 (金)

吉野の桜

 4月半ばに奈良の吉野に出かけた。吉野には,何回も行ったことがあるが,今回は8年ぶりである。満開の時期と天候と都合を合わせなければならず,これがかなり難しい。最近はウェブのおかげで,開花状況がわかるので助かる。

 いつも近鉄名古屋から近鉄大阪線で大和八木に行き,橿原神宮から吉野に向かう。伊勢中川から桜井までの名張や榛原を経る大阪線は,古代からの伊勢表街道などを通っている。この季節,駅前や学校や川端には,大きな桜の木が必ずある。原風景という言葉を誰でも思い浮かべる土地である。ちょうどどの桜も満開である。しかし,午後から晴れるはずだった天気は下り坂である。

 吉野線は,グループ客でほぼ満席である。吉野駅前からは山上に行くロープウェイがある。吉野は,馬の背のような形をしており,背のてんぺんに道が通り,真ん中に蔵王堂があり,その門前町の家並みが参詣道の両側に立ち並んでいる。見事なまでに古い町並みが残っていて,コンビニもハンバーガー屋も存在し得ない。大げさに言えば異次元の世界である。普段も蔵王堂への参詣客があるが,桜と紅葉の時期が書き入れ時で,とりわけ花見の季節はにぎわう。

 ロープウェイを降りて驚いたのは,バスできたらしい高齢者の団体が引きも切らず,店を一軒一軒のぞきこむ人をかき分けないと前に進めない状態だった。急な坂などもあり,苦労してようやくバス乗り場に到着し,奧千本行きのマイクロバスに乗る。桜など一つもない杉林の中の道を登ること二十分で終点に到着する。さすがに奧千本は咲いていない。少し雨が落ちてきた金峯神社から,これまたどうと言うことのない山道を下っていくと,吉野水分神社がある。ここもかなりの人出である。

Yoshino2006  この吉野水分神社から数百メートル下った右側に展望台がある。気付かないと通り過ぎてしまう。しかし,ここからの眺めが吉野随一である。初めて来たときにここから見た景色は忘れられない。その後,同じように満開の景色を見たのは,1回だけである。幸い,この日も期待通りの景色だった。ぼぉっと桜に霞む吉野の町を見おろすことができる。何も感じないらしい観光客もいるが,さすがに,言葉をなくして,写真も撮らずに立ちつくす人々が多い。それほどのものなのである。

| コメント (0)

2006年4月23日 (日)

『グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する』

Google_sasaki  先週末,構内の食堂を通りかかったら,複写機が置いてあり,大きなポスターが貼ってあった。コピーが無料であると書かれている。スポンサーが数社あるらしい。院生に伝えたところ,早速,試しに出かけた。すぐに戻ってきて,見せてもらったが,コピー用紙の裏にべっとりとスポンサーの広告が印刷されていた。使うためには,係からの質問に答えなければならなかった。学生に無料コピー機を与えると「節操」などとは無縁の使い方をされてしまうだろうが,コピーの汚さにうんざりする院生もいる。

 このように,通常は有料のものを無料にして,広告と情報の収集で新しいビジネスモデルを作り上げているのがグーグルである。広告による無料提供は,昔ながらの手法であるが,グーグルは,大規模で,スマートで発想が違う。

 やはり,先週末に刊行された々木俊尚『グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する』(文藝春秋,2006,文春新書)を都心の書店で探したけれど,文春新書の他の新刊はあるのに,この本の場所だけがぽっかりと空いていた。三軒目でようやく見付けた。

 さて,この『グーグルGoogle』の内容も,アドワードなどのグーグルの収益システム,パージランクやロングテールの紹介である。ただ,あえて「web2.0」という言葉は使わないが,しかしながら既存のビジネスの破壊という点が焦点である。羽田の駐車場や福井のメッキ会社の事例は面白い。そして,最後は,グーグルのもたらす未来は新しいタイプの監視社会ではないかといい,前半から中盤までとは大きく異なってグーグルの持つ無邪気さ,暗さや胡散臭さへの強い疑念を表明している。

 グーグル本は,梅田望夫『ウェブ進化論』ばかりでなく,よく売れることが実証されたわけであるから,これからも続々と出てくるだろうが,どのようなスタンスで書かれるかが楽しみである。

| コメント (0) | トラックバック (2)

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »